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白馬節会 あおうまのせちえ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

白馬節会
あおうまのせちえ

7日の節会ともいう。年中行事の一つ。正月7日,紫宸殿で左右馬寮の白馬天覧ののち,群臣に宴を賜わる儀式。承和1 (834) 年に始った。中国の故事ではこの日に青馬を見ると年中の邪気を払うという。日本では白馬を神聖視したところから白馬に変った。「白馬」でも「あおうま」と読む。

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百科事典マイペディアの解説

白馬節会【あおうまのせちえ】

朝廷の年中行事の一つ。正月7日に白馬を紫宸殿の前庭にひき出し,天覧のあと,宴を開く儀式。邪気を払う効があるという中国の故事による。初め〈鴨の羽の色〉(大伴家持)つまり青色の馬であったが,のち白色が重んぜられ,白馬となったという。
→関連項目嵯峨天皇節会

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世界大百科事典 第2版の解説

あおうまのせちえ【白馬節会】

宮廷年中行事。天皇が正月7日に〈あおうま〉を見る儀式。大伴家持が〈水鳥の鴨の羽の色の青馬を……〉と《万葉集》に詠んだように,はじめは青馬であったが,平安中期より白馬と書くようになった。しかし,その後も〈あおうま〉とよんでいる。中国において青は青陽,春をさし,馬は陽の獣であるところから,この日に青馬を見るという儀礼があり,年中の邪気をさくという風習が日本に伝わり,日本の祓(はらい)の思想と結びついたもの。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

白馬節会
あおうまのせちえ

奈良時代ころから行われた年中行事。正月7日、天皇が紫宸殿(ししんでん)または豊楽殿(ぶらくでん)に出御し、左右馬寮(めりょう)から引き出された21頭の青馬(あおうま)を見る儀式。青馬とは、白または葦毛(あしげ)の馬で、この日に青馬を見れば、その年の邪気を避けられるという中国の風習に倣ったもの。もとは「青馬」と書いていたが村上(むらかみ)天皇(在位946~967)のとき「白馬」と書き改めた。ただし読みは「あおうま」のままであり、馬の色がとくに変わったのではなく、ただ、上代の色彩感が平安時代になると、白を重んじる結果である。行事の日本化のためである。平安時代には儀式も整い、初めに御弓奏(みたらしのそう)、白馬奏(あおうまのそう)があり、のちに諸臣に宴が設けられた。平安末ごろからこの行事は衰え、応仁(おうにん)の乱(1467~1477)で中絶、1492年(明応1)に再興して、明治初年まで行われた。[山中 裕]

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世界大百科事典内の白馬節会の言及

【春駒】より

万歳が家の予祝,鳥追(とりおい)が農耕予祝とされたのに対し,春駒は養蚕の予祝とされる。宮廷儀式にある白馬節会(あおうまのせちえ)が民俗化したというが不詳。木製の駒の首形を手にした頰かぶり,裁付袴(たつつけばかま)の者が,三味線,太鼓を囃子に〈めでためでたや春の初めの春駒なんぞ,夢に見てさえよいと申す……〉という祝言歌を唱えて家々の門口に舞い込んだ。…

※「白馬節会」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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