日本大百科全書(ニッポニカ) 「カード」の意味・わかりやすい解説
カード(David Edward Card)
かーど
David Edward Card
(1956― )
カナダの経済学者。アメリカ国籍ももつ。カナダのゲルフ生まれ。1978年にカナダのクイーンズ大学を卒業し、1983年にプリンストン大学で経済学博士号(Ph.D.)を取得。シカゴ大学ブース・スクール・オブ・ビジネス、プリンストン大学などを経て、1997年からカリフォルニア大学バークレー校教授。専門は労働経済学。
従来、経済学では自然科学のような実験を行うのはむずかしいとされてきた。カードは1990年代に、実社会で偶然一つの原因(処置)のみが変化した際、あたかも実験したかのように二つの類似集団を比べ、因果関係の分析に利用する「自然実験natural experiments」の手法を編み出した。たとえば同一経済圏に位置するペンシルベニア州とニュージャージー州の互いに隣接する2郡に着目し、ニュージャージー州のみが1992年に最低賃金を引き上げた前後の二つの地域の賃金・雇用関係を分析し、最低賃金上昇がかならずしも失業につながらないとの結論を導き出した。これは「賃金が上がれば雇用は減る」とする標準的学説を覆す結果となった。自然実験により「移民増は元からの住民の雇用を損なわない」「教育期間が長いほど将来収入は増える」といった研究結果が次々に発表され、激しい経済論争を巻き起こしながらも、分析手法を洗練し、経済学の信頼性革命(credibility revolution)を先導した。カードの研究は各国で進む最低賃金引上げ政策など、格差・貧困の是正や福祉・医療政策などに大きな影響を与えた。
2021年、実社会で処置(政策など)と結果(経済効果など)の因果関係を分析する「自然実験」の手法を用いた労働経済学への実証的貢献が認められ、ノーベル経済学賞を受賞した。なお、因果関係の分析方法論に貢献したマサチューセッツ工科大学のヨシュア・アングリスト、スタンフォード大学のグイド・インベンスとの同時受賞であった。カードが確立した自然実験は経済学にとどまらず教育、政治など社会科学全般に応用され、世界に広がる証拠(質の高いデータ)に基づく政策立案(Evidence-Based Policy Making)の流れの礎(いしずえ)を築いた。
[矢野 武 2022年3月23日]
カード(乳製品)
かーど
curd
乳汁が酸または凝乳酵素によって凝固したもの。乳中の主要タンパク質であるカゼインは、等電点pH4.6に達するか、またはチーズ製造用のレンネット酵素の作用によってヨーグルト状に凝固する。牛乳タンパク中のカゼイン含量は約80%だが、人乳中のそれは約50%なので、乳児の胃の中で乳汁が塩酸およびペプシン酵素で凝固するとき、人乳のカードのほうが柔らかく凝固し、消化がよいと考えられている。それゆえ、牛乳を加熱、高圧均質、カゼイン以外の乳タンパク添加などによって、もとの牛乳よりもカードが柔らかくなるような加工処理をすることをソフトカード化という。さらに昔からチーズ作りでカードを手がけてきた欧米人は、似たような食用凝固物もそうよんで、豆腐のことをsoy curdまたはbean curdなどという。
[新沼杏二]