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瞼の母 まぶたのはは

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

瞼の母
まぶたのはは

長谷川伸の戯曲。2幕4場。 1931年3月明治座で 13世守田勘弥初演。幼いときに別れた母を慕う番場の忠太郎は,やっとめぐり合った母から義理のために追返され,瞼に浮ぶ母の姿を慕い続けて旅に出る。

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デジタル大辞泉の解説

まぶた‐の‐はは【×瞼の母】

記憶に残っている母のおもかげ。
[補説]作品名別項。→瞼の母

まぶたのはは【瞼の母】[戯曲]

長谷川伸の戯曲。幼い頃に生き別れた母を探すやくざの忠太郎の物語。昭和5年(1930)雑誌「騒人」に発表。昭和6年(1931)明治座初演。
佐伯幸三監督による映画の題名。昭和27年(1952)公開。出演、堀雄二、三益愛子ほか。
加藤泰監督による映画の題名。昭和37年(1962)公開。出演、中村錦之助万屋錦之介)、大川恵子ほか。
[補説]はいずれもを原作とする作品。

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世界大百科事典 第2版の解説

まぶたのはは【瞼の母】

長谷川伸による戯曲。1930年村松梢風の主宰する雑誌《騒人》に掲載され,31年,13世守田勘弥を主役に初演されたが,のち実母と再会した著者の意向で,46年まで上演が見あわされていた。その間に,講談,浪曲などでは盛んに脚色口演され,浪曲の三門(みかど)博,伊丹秀子らが十八番とした。生き別れた母を求めて,さすらいの旅に出ていた番場忠太郎(ばんばのちゆうたろう)が,再会した母から,やくざ姿であるがゆえに息子であることを否定され,また旅に出るという,アウトローを描いた股旅(またたび)物の傑作。

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大辞林 第三版の解説

まぶたのはは【瞼の母】

死別したり、遠く離れたりしていて会えず、記憶や夢の中だけにある母の面影おもかげ

出典|三省堂
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

瞼の母
まぶたのはは

長谷川伸(はせがわしん)の戯曲。二幕。1930年(昭和5)『騒人』3、4月号に発表。翌年3月明治座で13世守田勘弥(かんや)らにより初演。江(ごう)州(滋賀県)番場生まれの忠太郎は、一宿一飯の博徒だが、生き別れをした母親を尋ねて旅を続け、江戸柳橋の料理屋水熊(みずくま)の女将(おかみ)おはまがその人らしいとの話に面会を求める。おはまは忠太郎の話から実の子と知るが、金目当てかと疑い、妹お登世(とせ)への迷惑も考えてかたくなに母と名のらず、忠太郎は失望して去る。兄を思うお登世のことばに翻然としたおはまは、忠太郎の後を追うが、忠太郎は瞼を閉じれば浮かんでくる母への思いを胸にひとり旅立つ。5歳のとき母と生別した作者の実人生に裏づけられた股旅(またたび)物の傑作で、1933年(昭和8)作者が生母と47年ぶりに再会してから、母病没(1946)まで上演を差し止められていた。舞台、映画、テレビなどで多くの俳優によって演じられている。[藤田 洋]
『『長谷川伸全集15 戯曲I』(1971・朝日新聞社)』

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