児童文学作家、翻訳家、評論家、編集者、読書運動家。埼玉県浦和市(現、さいたま市)に生まれる。日本女子大学英文科在学中から菊池寛のもとで原書をまとめる手伝いをする(海外の雑誌などに掲載された資料を選択し、翻訳して提出)。大学卒業後、文芸春秋社勤務のかたわら英米児童文学の翻訳を始める。1934年(昭和9)から、新潮社で山本有三とともに「日本少國民文庫」(山本有三編・全16巻・1935~1937)の編集に携わるが、第二次世界大戦の激化とともに、同社を退き、敗戦直後から宮城県で農業に従事。その経験が『山のトムさん』(1957)に結実した。1950年(昭和25)から「岩波少年文庫」の企画編集に参加、以後多数の世界名作を紹介するほか、絵本のシリーズ「岩波の子どもの本」(1953~ )を創刊、戦後の児童書出版に大きな影響を与えた。1954年に岩波書店を退社し、奨学金を得て渡米。英米の児童書出版事情を視察し図書館活動に触れる。帰国後は、著述、翻訳、文庫活動に専念。子どもに良書を手渡すための具体的手法として、1958年「かつら文庫」を開設、読み聞かせその他、子どもと本を結び付ける運動を始めた。その土台のうえに財団法人「東京子ども図書館」が設立されるに至った。
代表作に『ノンちゃん雲に乗る』(1947)、『三月ひなのつき』(1963)、翻訳書にA・A・ミルン著『クマのプーさん』(1940)、ケネス・グレアム著『たのしい川べ――ヒキガエルの冒険』(1950)のほかに、エリナー・ファージョン著『ムギと王さま』(1959)をはじめとした『ファージョン作品集』、オランダの絵本作家ディック・ブルーナDick Bruna(1927―2017)著「ちいさなうさこちゃん」シリーズ(1964~ )、ビアトリクス・ポター著「ピーターラビット」シリーズ(1971~ )など、多数の名訳がある。また、自伝に『幼(おさな)ものがたり』(1981)、長編小説に『幻の朱(あか)い実』(1994)、研究書に『子どもと文学』(1960)、研究書の翻訳に、リリアン・スミスLillian Helena Smith(1887―1983)著『児童文学論』(1964)などがある。
1997年(平成9)には日本芸術院会員となる。1998年から『石井桃子集』(全7巻・1998~1999)が刊行された。石井桃子の業績は広範囲にわたり、第二次世界大戦後の日本の児童文化の質の向上に大いに寄与した。第1回芸術選奨文部大臣賞(1951。『ノンちゃん雲に乗る』による)、第2回菊池寛賞(1953)、第2回サンケイ児童出版文化賞(1955。「岩波の子どもの本」シリーズ24冊)、第23回サンケイ児童出版文化賞(1976。『ファージョン作品集』)、伊藤忠記念財団第1回子ども文庫功労賞(1984)、日本芸術院賞(1993)、読売文学賞(1995。『幻の朱い実』)などを受賞している。
[猪熊葉子]
『『ノンちゃん雲に乗る』(1947・大地書房、1967・福音館書店)』▽『『岩波の子どもの本 おそばのくきはなぜあかい』(1954・岩波書店)』▽『『山のトムさん』(1957・光文社、1980・岩波少年文庫)』▽『『三月ひなのつき』(1963・福音館書店)』▽『『幼ものがたり』(1981・福音館書店)』▽『『児童文学の旅』(1981・岩波書店)』▽『『べんけいとおとみさん』(1985・福音館書店)』▽『『幻の朱い実』上下(1994・岩波書店)』▽『『石井桃子集』全7巻(1998~1999・岩波書店)』▽『A・A・ミルン著『熊のプーさん』(1940・岩波書店、1956刊の岩波少年文庫は『クマのプーさん』)』▽『A・A・ミルン著『プー横丁にたった家』(1942・岩波書店、岩波少年文庫は1958刊)』▽『ケネス・グレアム著『ヒキガエルの冒険』(1950・英宝社、1963年岩波書店刊は『たのしい川べ――ヒキガエルの冒険』)』▽『バージニア・リー・バートン著『岩波の子どもの本 ちいさいおうち』(1954・岩波書店)』▽『イーヴ・ガーネット著『ふくろ小路一番地』(1957・岩波少年文庫)』▽『J・M・バリ著『ピーター・パンとウエンディ』(1957・岩波少年文庫、1972・福音館書店)』▽『エリナー・ファージョン著『ムギと王さま』(1959・岩波少年文庫)』▽『ディック・ブルーナ著『ちいさなうさこちゃん』(1964・福音館書店)』▽『ビアトリクス・ポター著『ピーターラビットのおはなし』(1971・福音館書店)』▽『ケネス・グレアム著、中野好夫訳『たのしい川邊』(1940・白林少年館)』▽『ヒュー・ロフティング著、井伏鱒二訳『ドリトル先生 アフリカ行き』(1941・白林少年館)』▽『石井桃子著『子どもの読書の導きかた』(1960・国土社)』▽『石井桃子他著『子どもと文学』(1960・中央公論社)』▽『石井桃子著『子どもの図書館』(1965・岩波新書)』▽『リリアン・スミス著、石井桃子他訳『児童文学論』(1964・岩波書店)』▽『アイリーン・コルウェル著、石井桃子訳『子どもと本の世界に生きて』(1974・福音館書店)』▽『クリストファー・ミルン著、石井桃子訳『クマのプーさんと魔法の森』(1977・岩波書店)』▽『石井桃子著「プーと私」(『図書』238号所収・1969・岩波書店)』▽『石井桃子著「幼児のためのお話――石井桃子」(『子どもの館』20号所収・1975・福音館書店)』▽『石井桃子著「『岩波少年文庫』創刊の頃」(『図書』374号所収・1980・岩波書店)』▽『石井桃子著「大人の文学の技術と子どもの心を持つこと」(『ユリイカ』2月臨時増刊号所収・2002・青土社)』▽『井伏鱒二著「人の印象――石井桃子女史のこと」(『図書』55号所収・1954・岩波書店)』▽『上野瞭著『戦後児童文学論』(1967・理論社)』▽『清水真砂子著「石井桃子」(猪熊葉子・神宮輝夫他編『講座 日本児童文学第8巻 日本の児童文学作家3』所収・1973・明治書院)』▽『神宮輝夫著『児童文学の中の子ども』(1974・NHKブックス)』▽『神宮輝夫著『現代日本の児童文学』(1974・評論社)』▽『清水真砂子著「使命感と自己解放のあいだで――石井桃子論」(清水真砂子著『子どもの本の現在』所収・1982・大和書房)』▽『萬田務著「石井桃子――『ノンちゃん雲に乗る』を中心に」(『国文学 解釈と鑑賞』48巻14号所収・1983・至文堂)』▽『清水真砂子著「解説 幼い日々との再会」(石井桃子著『石井桃子集1』所収・1988・岩波書店)』▽『天沢退二郎著「解説 移行するものたち」(石井桃子著『石井桃子集1』所収・1988・岩波書店)』
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…その間にあって,宮沢賢治,新美南吉の童話は想像ゆたかな物語性で異色を放ち,また幼年童話における浜田広介は独特な調子で近代説話を語り,それぞれ戦中・戦後にわたって広範な読者をもった。 第2次世界大戦後,平和と民主主義という新しい価値観の到来とともに,《赤とんぼ》《銀河》《子供の広場》など文化的・進歩的な児童雑誌の創刊があいつぎ,一種熱っぽい状況のなかで,石井桃子《ノンちゃん雲に乗る》(1947),竹山道雄《ビルマの竪琴(たてごと)》(1948),壺井栄《二十四の瞳》(1952)など今日にも残る作品が生まれた。これらはいずれも短編中心だった日本の児童文学にはめずらしい本格的な長編作品だったが,その作者がいずれも未明を中心とした童話文壇の人脈でないところから現れた点は象徴的である。…
※「石井桃子」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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