経済評論家、政治家。東京生まれ。早稲田(わせだ)大学文学部哲学科を卒業後、1911年(明治44)東洋経済新報社に入り、編集局長を経て1941年(昭和16)社長。東洋経済新報社は自由主義を編集の基本に据えていたため、社説を担当していた石橋もその立場から満州事変や五・一五事件を厳しく批判し、政府の軍国主義政策に反対した。第二次世界大戦前・戦中の石橋の主要な活動舞台は経済評論であった。井上準之助(いのうえじゅんのすけ)の財政緊縮政策に対して積極財政論を展開した「金解禁論争」は有名。戦後、自由党に入り、1946年(昭和21)総選挙に出馬したが落選。第一次吉田茂内閣の蔵相に就任し、生産復興第一主義を中心とした積極財政によってインフレ政策を推進。1947年衆院選で当選(静岡2区)したが公職追放となる。1951年の追放解除後、自由党に復帰するが、岸信介(きしのぶすけ)らと反吉田の新党運動をおこし除名され、1954年鳩山一郎(はとやまいちろう)総裁の日本民主党結成に参画し同党最高委員。同年吉田内閣退陣後、鳩山内閣で通産相。保守合同(自由民主党成立)の翌1956年12月鳩山後継総裁選挙で岸信介と争い総裁となり、石橋内閣を組閣。しかし肺炎のため十分に政策実施を行わないまま翌1957年2月わずか3か月で総辞職した。その後、中国、ソ連を訪問し、日ソ協会会長に就任するなど共産主義諸国との交流促進に活躍した。昭和48年4月25日死去、88歳。
[荒 敬]
『全集編集委員会編『石橋湛山全集』全15巻(1970~1972・東洋経済新報社)』▽『全集編集委員会編『石橋湛山――自由主義者の歩み』(1973・東洋経済新報社)』▽『長幸男編『石橋湛山――人と思想』(1974・東洋経済新報社)』▽『石橋湛一、伊藤隆編『石橋湛山日記』上下(2001・みすず書房)』▽『松尾尊兌編『石橋湛山評論集』(岩波文庫)』▽『姜克実著『石橋湛山――自由主義の背骨』(丸善ライブラリー)』▽『井出孫六著『石橋湛山と小国主義』(岩波ブックレット)』
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評論家,政治家。のちの身延山久遠寺法主杉田湛誓の長男。東京に生まれ山梨で育つ。早大文学部哲学科で田中王堂の影響を受ける。《東京毎日新聞》を経て1911年東洋経済新報社に入り,24-46年,主幹,専務,社長として同社を主宰。同社の急進的自由主義の伝統を継承,内における民主的政治体制の樹立と,外における帝国主義外交の廃止,とくに植民地放棄の主張をもって,大正デモクラシーの思想的頂点に立った。早くからケインズ理論に学び,30年,浜口雄幸内閣の金解禁は経済界に打撃を与えると反対し,経済評論家としての名声を高めた。満州事変後戦争拡大に反対し,言論の自由を唱えつづけた。敗戦直後日本自由党に入る一方,山川均主唱の民主人民連盟世話人にも加わった。46年第1次吉田茂内閣蔵相としてケインズ流の積極財政を展開,翌年代議士に当選直後,占領軍との対立により公職追放となる。52-63年代議士に返り咲き,鳩山一郎を助け吉田茂と対立,54年日本民主党結成に参画。鳩山内閣の通産相に就任。56年自由民主党第2代総裁に当選,首相となり,向米一辺倒の否定,1000億円減税など清新な政策を掲げたが,病のため2ヵ月で辞任。進退のいさぎよさが世論の賞賛をよんだ。以後日ソ協会会長,日本国際貿易促進協会総裁などを歴任し,中国,ソ連との友好関係維持につとめた。全集15巻(1970-72)がある。
執筆者:松尾 尊兊
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大正・昭和期の政治家 首相;自民党総裁。
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1884.9.25~1973.4.25
大正・昭和期の経済評論家・政治家。東京都生れ。早大卒。1911年(明治44)東洋経済新報社に入社,主幹・社長を歴任。自由主義・小日本主義の論陣を張り,大正デモクラシー期から昭和戦前期に硬骨の言論人として活躍した。第2次大戦後は日本自由党に入り,第1次吉田内閣の蔵相に就任して積極財政を推進。47年(昭和22)新憲法下初の総選挙に当選するが,公職追放となる。51年追放解除,政界復帰後は鳩山一郎と行動をともにし,第1~3次鳩山内閣で通産相を務めた。鳩山退陣後の56年,自由民主党総裁選に勝利しみずから内閣を組織するが,病に倒れ辞職。「石橋湛山全集」全15巻。
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…1919年10月4日号から週刊となる。植松考昭,三浦銕太郎(てつたろう),石橋湛山らが軍国主義,帝国主義に抵抗して,自由主義的民主主義の論陣を張った。そのため,第2次大戦中は厳しい弾圧にあったが,これと戦って発行を続けた。…
※「石橋湛山」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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