島崎藤村の長編小説。1906年,〈緑蔭叢書第壱篇〉として自費出版。被差別部落出身の青年教師瀬川丑松(うしまつ)が,〈社会(よのなか)〉の不当な差別と戦う先輩猪子蓮太郎の思想に共鳴し,〈社会〉で生きるためには素性を打ち明けてはならぬ,という父の戒め,さらにはこのまま現在の生活を続けたいという自分の欲求,下宿先の蓮華寺の娘お志保に対する恋に悩みつつ,猪子の死を契機に従来の誤りを悟り,教室で自分の生れを告白し,新生活を求めて町を離れて行く物語。被差別部落問題に対する認識があいまいだという限界はあるが,作者の自我解放の欲求と社会正義の問題が結びついたリアリズム小説として,自然主義文学の出発点となった。
執筆者:十川 信介
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島崎藤村の長編小説。1906年(明治39)『緑蔭叢書第壱篇(りょくいんそうしょだいいっぺん)』として自費出版。被差別部落出身で信州の小学校教師、瀬川丑松(せがわうしまつ)が、「社会(よのなか)」で生きるためには身分を明かしてはならぬという父の戒めと、「社会」の不当な差別と闘う先輩猪子蓮太郎(いのこれんたろう)が示す正義との間で悩み、父の死、下宿先の蓮華寺(れんげじ)の養女、お志保に対する恋などによって動揺しつつ、蓮太郎の死を契機についに教室で素性を告白し、新生活を求めて町を去って行くまでの物語。差別問題に関して誤解や不徹底な点はあるが、丑松をじわじわと告白に追い込む過程や蓮華寺住職の破戒の処置を通じて「社会」の陰湿な体質が描き出されており、家族制度の抑圧からの解放を願う藤村の内的欲求と、差別に対する抗議という社会正義の問題とが結び付いたリアリズム小説として、大きな反響をよび、藤村の作家的地位を確立するとともに、わが国の自然主義文学の出発点となった。
[十川信介]
『『破戒』(岩波文庫・新潮文庫)』
島崎藤村の長編小説。1906年(明治39)3月,「緑蔭叢書」の第1編として自費出版。被差別部落出身の小学校教師瀬川丑松は,世に出るために「素性を隠せ」という父の戒めを守ってきたが,近代人の自由な生き方に目覚めるなかで,社会的偏見と闘う被差別部落出身の思想家猪子蓮太郎を知り,それに共感する。迫りくる社会的迫害と屈辱のなかで,自己の矛盾に苦しみつつ,ついに生い立ちを周囲に告白して新しい人生をめざしていく。日露戦争前後の日本の社会矛盾を個人の内面葛藤との相関においてとらえ描いた,近代小説成立期を画する作品の一つで,自然主義文学の初期の代表作。なお,出版後水平社から作者の部落問題理解に対する抗議があり,藤村もその後表現を一部改めている。
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…そして日本の自然主義は日露戦争後に,浪漫詩人の自己転身の形をとって,個の解放を求める主我性が既成の権威を否定して人生の真に徹しようとする志向と結びつくという形で成立した。島崎藤村の《破戒》(1906)と田山花袋の《蒲団(ふとん)》(1907)がその記念碑的な作品である。先駆的存在として,小民(庶民)の生活を描き続けた国木田独歩もいた。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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