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神道大成教 シントウタイセイキョウ

デジタル大辞泉の解説

しんとう‐たいせいきょう〔シンタウタイセイケウ〕【神道大成教】

神道十三派の一。幕末に外国奉行などを務めた平山省斎(ひらやませいさい)が組織。明治15年(1882)に一派独立。随神(かんながら)の道を目的とし、静座などの修行を重んじるとともに、西洋の諸科学や実用主義を取り入れている。本部は東京都渋谷区。大成教

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百科事典マイペディアの解説

神道大成教【しんとうたいせいきょう】

儒家系の教派神道の一つ。平山省斎〔1815-1890〕が組織し,1882年独立の一派となった。皇国大道国学,神道を大成することによって,精神界革新を目ざした。

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大辞林 第三版の解説

しんとうたいせいきょう【神道大成教】

神道十三派の一。幕臣平山省斎が1882年(明治15)に「大成教」の名で創始。1952年(昭和27)現名に改称。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

神道大成教
しんとうたいせいきょう

神道教団。旧教派神道神道十三派の一つ。大成教とも称した。奥州(福島県)三春(みはる)藩士で、幕末には外国奉行(ぶぎょう)などを勤めた平山省斎(せいさい)(1815―1890)が、明治維新後宗教活動に身を転じて、1879年(明治12)に大成教会を結集したのが始まり。1882年に神道大成派として一派独立した。教派神道のなかでも、教団としての統一性がもっとも弱いものの一つである。平山省斎は『本教真訣(しんけつ)』(1882)など教義書的なものをいくつか書き記しているが、個々の教会の活動はそれとはほとんど無関係のことが多い。明治時代には蓮門(れんもん)教、禊(みそぎ)教の一派が傘下教会として所属し、教勢に大きな比重を占めていたこともある。本部は東京都渋谷区神宮前。神社数6、教会数25、布教所数5、教師数183、信者数2万1512(『宗教年鑑』平成26年版)。[井上順孝]

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