福祥寺(読み)ふくしょうじ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

福祥寺
ふくしょうじ

神戸市須磨町にある真言宗の寺。須磨寺ともいい,須磨寺派大本山。天長年間 (824~834) 和田岬の海中から出たと伝えられる檀木聖観音を,仁和2 (886) 年現地に移して創建され,のちたびたび再建された。平敦盛の持物であったと伝えられる青葉の笛を蔵する。

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世界大百科事典 第2版の解説

ふくしょうじ【福祥寺】

神戸市須磨区にある真言宗須磨寺派の本山。上野山と号する。通称は須磨寺。寺伝によれば,天長年中(824‐834)和田岬の沖で漁師の網にかかった聖観音を小堂に安置したことに始まり,886年(仁和2)光孝天皇の勅をうけて文鏡が現在地に建立したと伝える。久寿年中(1154‐56)源頼政寺領を寄せ,堂舎を再興したが,源平争乱の戦場となったため荒廃した。1360年(正平15∥延文5)堂塔の大半を焼失し,住侶の離れが相次いだが,住持明真により復興がすすめられ,堂舎の造営や造仏も数年を経て完成した。

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大辞林 第三版の解説

ふくしょうじ【福祥寺】

神戸市須磨区にある真言宗須磨寺派の大本山。山号、上野山。886年聞鏡の開創。本尊は檀木の聖観世音菩薩像。源平の合戦にちなむ遺品を多く蔵する。通称、須磨寺。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

福祥寺
ふくしょうじ

兵庫県神戸市須磨(すま)区須磨寺町にある真言(しんごん)宗須磨寺派の大本山。山号は上野山(じょうやさん)。通称須磨寺。本尊は聖観音菩薩(しょうかんのんぼさつ)。寺伝によれば天長(てんちょう)年間(824~834)漁師が神戸の和田岬の海中から檀木(だんぼく)の聖観音像を引き上げ会下山(えげのやま)に安置して北峰(ほくほう)寺と称した。886年(仁和2)光孝(こうこう)天皇の霊夢により、聞鏡上人(もんきょうしょうにん)に勅して堂塔伽藍(がらん)を建立し安置したのが開基と伝える。その後幾たびか盛衰があったが、源頼政(よりまさ)、豊臣秀頼(とよとみひでより)が中興し、江戸時代には寺領十六石四斗を有していた。明治維新後衰えたが、1887年(明治20)以降復興した。本堂内宮(ないくう)殿および仏壇、木造十一面観音立像、絹本着色普賢十羅刹(ふげんじゅうらせつ)女像は国の重要文化財。また平敦盛(あつもり)の愛蔵した青葉笛など源平関係の遺品がある。境内には義経(よしつね)腰掛松、敦盛首塚、敦盛と熊谷直実(くまがいなおざね)の一騎討ちの場面を再現したという源平の庭がある。また古来、文人に愛された寺で、多くの句碑・歌碑が立つ。毎月21日の弘法大師(こうぼうだいし)(空海)の縁日はにぎわう。[祖父江章子]

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精選版 日本国語大辞典の解説

ふくしょう‐じ フクシャウ‥【福祥寺】

兵庫県神戸市須磨区須磨寺町にある真言宗須磨寺派の大本山。山号は上野(じょうや)山。仁和二年(八八六)聞(文)鏡の建立と伝えられる。本尊の聖観世音菩薩像は天長年間(八二四‐八三四)漁夫が和田岬の海中から得たとされ、はじめ会下山(えげやま)にまつり恵偈山北峰寺と号したが、仁和二年光孝天皇の勅により現在地に移された。平敦盛(あつもり)愛用の「青葉の笛」など源平合戦にちなむ遺品を多く所蔵する。須磨寺。

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