秋田大学(読み)あきただいがく

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

秋田大学
あきただいがく

国立大学法人。秋田鉱山専門学校,秋田師範学校,秋田青年師範学校を母体に,1949年学芸,鉱山の2学部からなる新制大学として設置された。 1967年学芸学部を教育学部に改称,1970年に医学部が新設され,3学部体制となる。 1998年教育学部は教育文化学部に,鉱山学部は工学資源学部にそれぞれ改組。 1965年大学院を設置。本部は秋田県秋田市手形学園町

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デジタル大辞泉の解説

あきた‐だいがく【秋田大学】

秋田市にある国立大学法人。秋田鉱山専門学校・秋田師範学校・秋田青年師範学校が合併し、昭和24年(1949)新制大学として発足。鉱山系研究施設に特色がある。平成16年(2004)国立大学法人となる。

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百科事典マイペディアの解説

秋田大学【あきただいがく】

秋田市にある国立大学。日本唯一の鉱山専門学校であった秋田鉱専(1910年創立)と秋田師範(1943年),同青年師範(1944年)を統合,1949年新制大学として発足。2004年4月より国立大学法人へ移行。工学資源,教育,医の各学部(2012年4月現在)。素材資源システム研究施設,鉱業博物館を付設する。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

秋田大学
あきただいがく

国立大学法人。1910年(明治43)に創設された官立秋田鉱山専門学校と秋田師範学校、秋田青年師範学校が統合され、1949年(昭和24)に新制国立大学となった。設立当初は鉱山学部と学芸学部(のち教育学部、さらに教育文化学部と改称)の2学部構成であったが、1970年に医学部が設置された。特色は全国唯一の鉱山学部であったが、1998年(平成10)に改組し工学資源学部を設置した。工学系学科を含む14学科・課程で編成され、鉱業博物館や環境資源学研究センター、ものづくり創造工学センター、地域防災力研究センターが付設されている。大学院は各学部に研究科(修士・博士課程)が設置されている。2004年(平成16)4月、国立大学法人法の施行に伴い、国立大学法人となる。本部は秋田市手形学園町1-1。[馬越 徹]
『秋田大学鉱山学部編・刊『秋田鉱山専門学校・秋田大学鉱山学部50年史』(1961) ▽作道好男、江藤武人編『秋田大学鉱山学部六十年史』(1973・財界評論新社) ▽秋田大学医学部編・刊『秋田大学医学部20年史』(1991)』

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事典 日本の大学ブランド商品の解説

秋田大学

[国立、秋田県秋田市]
[設置者]国立大学法人 秋田大学
[沿革・歴史]1949(昭和24)年5月、秋田師範学校・秋田青年師範学校・秋田鉱山専門学校を母体として、秋田大学を設置。2004(平成16)年4月、国立大学法人秋田大学となる。
[キャンパス]手形キャンパス/本道キャンパス/保戸野キャンパス(いずれも秋田市)
[マーク類]学章は、1949(昭和24)年9月に秋田大学開学記念の懸賞募集で1等当選となった図案。3枚の秋田蕗の葉に大学の文字を配したもの。デザインは、中村譲氏(当時の鉱山学部教官)によるもの。長くシンボルマークとして使用されてきたが、2004(平成16)年4月に学章として定められた。2005(平成17)年8月、商標登録済(第4888933号)。ロゴマークは、5つの円に、AKITA・COMMUNITY・HUMAN・FUTURE・UNIVERSITYの意味を込めたもの。オレンジの3つの頂点は秋田大学の3学部を示している。また、オレンジの形にはAkitaの“A”を、ブルーの形にはUniversityの“U”のイメージがある。2005(平成17)年8月、商標登録済(第4888934号)。
[ブランド一覧]
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