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種田山頭火 たねだ さんとうか

美術人名辞典の解説

種田山頭火

俳人。山口県生。名は正一。早大中退。荻原井泉水に師事し、俳誌層雲』に俳句を発表した。のち尾崎放哉に傾倒する。大正十三年仏門に入り、庵を結び、また一笠一杖の乞食行脚で各地を遍歴し、禅味ある自由律の独自な句を残した。友人大山澄太によって遺稿集『愚を守る』『あの山越えて』が出された。昭和15年(1940)歿、58才。

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朝日新聞掲載「キーワード」の解説

種田山頭火

本名は種田正一。俳句結社「層雲」の選者になるなど季語定型(五七五)にとらわれない自由律俳句で活躍したが、「行乞流転」と評された生き方も注目された。「どうしようもないわたしが歩いてゐる」「濁れる水の流れつつ澄む」などの作品がある。

(2017-09-01 朝日新聞 朝刊 名古屋・1地方)

種田山頭火

本名は種田正一。俳句結社「層雲」の選者になるなど季語や定型(五七五)にとらわれない自由律俳句で活躍したが、「行乞流転」と評された生き方も注目された。「どうしようもないわたしが歩いてゐる」「濁れる水の流れつつ澄む」などの作品がある。

(2017-09-01 朝日新聞 朝刊 名古屋・1地方)

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デジタル大辞泉の解説

たねだ‐さんとうか〔‐サントウクワ〕【種田山頭火】

[1882~1940]俳人。山口の生まれ。本名、正一。地主の長男に生まれたが、生家破産後出家し、各地を遍歴しながら自由律による句作をした。句集草木塔」など。

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百科事典マイペディアの解説

種田山頭火【たねださんとうか】

俳人。本名正一。山口県生れ。早稲田大学文学科中退。荻原井泉水(せいせんすい)に師事,《層雲》で活躍した。生家破産や父弟の死にあい,1925年熊本報恩寺にて得度,翌年より生涯にわたる行乞(ぎょうこつ)放浪の旅に出る。
→関連項目池田遥邨

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

種田山頭火 たねだ-さんとうか

1882-1940 大正-昭和時代前期の俳人。
明治15年12月3日生まれ。山口県の大地主の長男。荻原井泉水(せいせんすい)に師事し,「層雲」に投句。大正14年熊本の報恩寺で出家,放浪の托鉢生活のなかで独特な自由律の俳句をつくる。のち山口県小郡(おごおり)に其中庵(ごちゅうあん)をむすぶが,遍歴をやめず昭和15年10月11日松山市一草庵で死去。59歳。早大中退。本名は正一。別号に田螺公。法名は耕畝。句集に「草木塔(そうもくとう)」など。
【格言など】歩くこと―自分の足で。作ること―自分の句を(「其中日記」)

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世界大百科事典 第2版の解説

たねださんとうか【種田山頭火】

1882‐1940(明治15‐昭和15)
俳人。山口県防府生れ。本名は正一。1913年に荻原井泉水に師事,自由律の俳句誌《層雲》で活躍した。25年に出家,翌年,〈分け入つても分け入つても青い山〉と詠み,生涯にわたる行乞(ぎようこつ)放浪の生活をはじめた。〈水の流れるやうな自然さ,風の吹くやうな自由さ〉(《行乞記》)を旅に求めながらも,そうした境地が実現したら〈人間的ぢやなくなる〉(同前)と考え,悲喜哀楽の感情にとらわれる自分を,率直に句にした。

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大辞林 第三版の解説

たねださんとうか【種田山頭火】

1882~1940) 俳人。山口県生まれ。本名、正一。早大中退。「層雲」に参加。荻原井泉水門下。出家し托鉢生活をしながら自由律による句作をした。句集「草木塔」、日記紀行文集「愚を守る」など。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

種田山頭火
たねださんとうか

[生]1882.12.3. 山口,防府
[没]1940.10.11. 松山
俳人。山口中学校を経て 1904年早稲田大学文科中退。荻原井泉水に師事して『層雲』に属したが,25年に出家,翌年から漂泊の旅に出た。小郡の其中庵,松山の一草庵など各地の草庵に転住し,自在闊達な心境を句作に託しながらの全国行脚を死にいたるまで続けた。句集『草木塔』 (1940) がある。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

種田山頭火
たねださんとうか
(1882―1940)

俳人。山口県防府(ほうふ)町(現防府市)に生まれる。本名正一(しょういち)。幼時の母の自殺が山頭火の生涯に大きな衝撃を与えた。1902年(明治35)早稲田(わせだ)大学文科に入学したが、神経衰弱で退学して帰郷。父と酒造業を営むが失敗し、家は破産。山頭火は熊本市で額縁店を開くが、家業に身が入らず妻子と別れ上京。しかし、定職を得ず、熊本に帰る。酒におぼれ生活が乱れた。1924年(大正13)市内の報恩寺で出家。法名耕畝(こうほ)。市北部の植木町味取(うえきまちみとり)の味取観音の堂守となった。1926年、行乞(ぎょうこつ)の旅を始め、山口県小郡(おごおり)(現山口市)の其中庵(ごちゅうあん)に住したが、行乞漂泊すること多く、諸国を巡り、1940年(昭和15)松山市の一草庵(いっそうあん)で没した。句は1913年から『層雲』に投句。漂泊中の作に特色がある。句集『草木塔』(1940)がある。[伊澤元美]
 うしろすがたのしぐれてゆくか
 鉄鉢の中へも霰(あられ)
『『定本種田山頭火全集』全7巻(1972~1973・春陽堂) ▽村上護著『放浪の俳人山頭火』(1972・東都書房) ▽大橋毅著『種田山頭火――その境涯と魂の遍歴』(1997・新読書社) ▽村上護著『種田山頭火――うしろすがたのしぐれてゆくか』(2006・ミネルヴァ書房) ▽渡辺利夫著『種田山頭火の死生――ほろほろほろびゆく』(文春新書)』

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