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稲垣足穂 いながき たるほ

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美術人名辞典の解説

稲垣足穂

小説家。大阪生。関西学院中学部卒。佐藤春夫に認められて文壇に登場し婦人公論中央公論等に作品を発表。「文芸時代」同人となり、新感覚派の作家として活躍、特殊な宇宙的感覚を表現した。文芸家協会々員。『星を造る人』『黄漢奇聞』『一千一秒物語』等の著書がある。昭和52年(1977)歿、77才。

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デジタル大辞泉の解説

いながき‐たるほ【稲垣足穂】

[1900~1977]小説家。大阪の生まれ。天体や文明の利器を題材にした幻想的な異色の作風で注目され、のち少年愛をテーマにした作品を書いた。小説「一千一秒物語」、随筆「少年愛の美学」など。

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百科事典マイペディアの解説

稲垣足穂【いながきたるほ】

小説家。大阪船場の生れ。関西学院中等部卒。明石に住んだ少年時代異国趣味の原点。1923年,《一千一秒物語》を処女出版,1926年,新感覚派の《文芸時代》,また《虚無思想》の同人となり,反リアリズムの〈タルホ世界〉を確立。
→関連項目杉浦康平

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

稲垣足穂 いながき-たるほ

1900-1977 大正-昭和時代の小説家。
明治33年12月26日生まれ。佐藤春夫の知遇をえて大正12年「一千一秒物語」を発表。器械,天体などを題材に反リアリズムの小宇宙を構成,奇才といわれた。戦後,小説「弥勒(みろく)」やエッセイ「A感覚とV感覚」を発表。昭和44年随筆集「少年愛の美学」でタルホ-ブームをよんだ。昭和52年10月25日死去。76歳。大阪出身。関西学院普通部卒。
【格言など】ボクの読者は50人でよい(信条)

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世界大百科事典 第2版の解説

いながきたるほ【稲垣足穂】

1900‐77(明治33‐昭和52)
プランクの量子定数の発見とともに大阪に生まれ,少年期の飛行機幻想をそのまま70余年の孤高の日々にもちこんだ異色作家。10代後半に構想をまとめたという代表作《一千一秒物語》(1923)や,日本文学大賞受賞作の《少年愛の美学》(1968)にみられる〈人間をオブジェとして扱う手法〉は,タルホ・コスモロジーと言われる宇宙論的郷愁とあいまって,全作品に共通する特徴である。都市の幾何学,飛行精神,人工模型,英国ダンディズム,男色趣味,謡曲の幻想世界,物理学的審美主義,ヒンドゥーイズム,キネティックな手法,月光感覚などを駆使した作品群は,世界文芸史上にも類がない

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大辞林 第三版の解説

いながきたるほ【稲垣足穂】

1900~1977) 小説家。大阪生まれ。独特の反リアリズム作品を発表。器械・天体・少年などへの嗜好しこうをモザイク的な構成のうちに展開。小説「弥勒」、随筆「少年愛の美学」など。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

稲垣足穂
いながきたるほ

[生]1900.12.26. 大阪
[没]1977.10.25. 京都
小説家。 1919年関西学院普通部卒業。上京して前衛芸術運動に触れ,佐藤春夫に認められてメカニックな幻想にあふれた散文詩風の作品『黄漠奇聞』 (1923) ,『星を売る店』 (23) を発表。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

稲垣足穂
いながきたるほ
(1900―1977)

小説家。大阪生まれ。少年のころから飛行機や器械類や絵画に興味をもち、関西(かんせい)学院普通部卒業後、上京、佐藤春夫の門をたたく。1923年(大正12)、処女小品集『一千一秒物語』を出版。続く『星を売る店』(1926)、『第三半球物語』(1927)、『天体嗜好(しこう)症』(1928)などとともに、天体や科学文明の利器を題材にした超現実派的な異色の作風が、モダニズムの最先端として注目を浴びたが、まもなくアルコールおよびニコチン中毒のため創作不能となり、貧窮、無頼の生活を続けた。第二次世界大戦後、『弥勒(みろく)』(1946)、『ヰタ・マキニカリス』(1948)などを出版して、創作を再開。自伝的、哲学的な傾向を強めると同時に、少年愛のテーマが前面に出てきた。68年(昭和43)、従来の性美学を否定して「A感覚」(アヌス感覚)の優位を唱えた『少年愛の美学』(1968)や『僕の“ユリーカ”』『東京遁走(とんそう)曲』をほぼ同時に出して、タルホブームがおこった。作品、生活ともに、近代日本文学史上、希有(けう)の存在である。[曾根博義]
『『稲垣足穂作品集』全九巻(1974~75・潮出版社) ▽白川正芳著『稲垣足穂』(1976・冬樹社)』

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