新感覚派(読み)しんかんかくは

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

大正末~昭和初頭の日本文学の一流派。菊池寛創刊の『文藝春秋』に育った新人の横光利一川端康成片岡鉄兵中河与一ら 14名が 1924年『文芸時代』を創刊,評論家千葉亀雄が彼らグループを論じて「新感覚派の誕生」と評したことに由来する。第1次世界大戦後の世界的な変革期にあって,西欧社会の危機を反映するダダイスム,未来派,表現主義などの前衛芸術が現れたが,新感覚派はその思考や表現方法に学んで,擬人法,暗喩などを多用する感覚的な文体を創始し,解体した自我の即自表現を目指した。前後して勃興したプロレタリア文学と拮抗しながら絢爛たる作風を展開したが,のちには空疎な形式主義,趣向主義のをあらわにして,『文芸時代』の廃刊 (1927) とともに分裂解体した。

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知恵蔵の解説

雑誌「文芸時代」(1924〜27年)に結集した、横光利一、川端康成、中与一、今東光、片岡鉄平などの文学者たち。関東大震災後のモダン都市文化を基盤とするその感覚の斬新さ、暗示や象徴に依拠した手法に、文芸批評家、千葉亀雄が文芸時評(「新感覚派の誕生」、24年)において「新感覚派」なる呼称を与えたことが、流派名の起源とされる。流派たるにふさわしい確固たる理論的基盤があったわけではないが、佐藤春夫芥川龍之介などの主知主義的作風を継承しつつ、第1次大戦後ヨーロッパのダダイズムシュルレアリスムをはじめとするモダニズム芸術の影響下、諸感覚の再編成を梃子(てこ)として、自然主義リアリズムからの解放を実現しようとする意図は広く共有されていた。翻訳小説と見まがうばかりの新奇な文体が、そうした意図実現のための主要な手段となったことは、派を代表する存在、横光利一の初期作品にも明らかである。掛け声や方法意識が先行した感のあるこの運動は、元号が昭和に切り替わった頃から急速に終息に向かい、横光、川端はそれぞれに独自の道を志向し、「文芸時代」も廃刊に至る。

(井上健 東京大学大学院総合文化研究科教授 / 2007年)

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百科事典マイペディアの解説

大正末〜昭和初期の文学流派。1924年創刊の同人雑誌《文芸時代》(1927年廃刊)で活動した横光利一川端康成片岡鉄兵,中河与一,稲垣足穂ら。ダダ表現主義など第1次大戦後の西欧文学の影響を受け,錯綜(さくそう)・分裂した自我を新しい感覚と表現技法により文学的に定着することを目ざした。プロレタリア文学の作家たちにも,この試みは影響を与えた。しかし,その表現の新鮮さは比較的短期間に魅力を失い,《文芸時代》の廃刊とともに,運動としては終わった。代表作に横光《蠅》《頭ならびに》《上海》,川端《梅の雄蕊(おしべ)》,片岡《幽霊船》,中河《刺繍せられたる野菜》など。
→関連項目衣笠貞之助十一谷義三郎新潮千葉亀雄中河与一藤沢桓夫文芸時代モラン

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世界大百科事典 第2版の解説

文学流派。1924年(大正13)10月に同人雑誌《文芸時代》(1927年5月終刊)が創刊され,そこに結集した横光利一,川端康成,中河与一,今東光,片岡鉄兵らがこの名で呼ばれ,表現技法の革新を行った。命名者は千葉亀雄で《世紀》24年11月号誌上の文芸時評で〈新感覚派の誕生〉をうたったことによりこの名が文壇に定着した。代表作には横光の《頭ならびに腹》(1924),川端の掌編小説集《感情装飾》(1926),中河の《肉体暴風》(1929)などがある。

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大辞林 第三版の解説

千葉亀雄の命名
大正末期から昭和初期にかけての一文学流派。雑誌「文芸時代」に拠った作家グループをいう。比喩を多用した硬質の文体を特色とし、構造の象徴的美を追求した。横光利一・川端康成・中河与一・片岡鉄兵など。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

1924年(大正13)10月に創刊された文芸同人雑誌『文芸時代』を拠点とした新進作家、横光利一(よこみつりいち)、川端康成(やすなり)、片岡鉄兵(てっぺい)、中河与一(なかがわよいち)、今東光(こんとうこう)、岸田国士(くにお)などを一括総称していう。同誌創刊号に掲載された横光の短編小説『頭ならびに腹』に注目した千葉亀雄が、その表現法の奇抜さに着目して、評論「新感覚派の誕生」(『世紀』1938.11)を書く。これが「新感覚派」呼称の最初となる。千葉の観点によれば、横光などの表現には「内部人生全面の存在と意義」を「小さな穴」を通して「象徴」主義的に表現した新傾向がみえ、これを「新感覚」と称したのである。横光の『頭ならびに腹』の冒頭の一節「真昼である。特別急行列車は満員のまま全速力で駆けてゐた。沿線の小駅は石のやうに黙殺された。」という即物的な比喩(ひゆ)表現をめぐって、広津和郎(かずお)、生田長江(いくたちょうこう)などが激しい批判を浴びせたが、晩年の芥川龍之介(あくたがわりゅうのすけ)は違和感をもちつつもそこに可能性を認めようと努めた。さらに斎藤龍太郎(りゅうたろう)は「横光利一氏の芸術」(『文芸時代』1925.1)を書いて横光の「擬人法的手法」に疑義を提出した。同人側からは、千葉の呼称を受けて片岡が「若き読者に訴ふ」(1924.12)、川端が「新進作家の新傾向解説」(1925.1)、横光が「感覚活動」(1925.12、のち「新感覚論」と改題)などを『文芸時代』に書いて、時代状況と表現の革新について発言した。今日的にみれば、その擬人法的、象徴主義的文体にみるべきものがあり、ルナールの岸田国士訳『葡萄(ぶどう)畑の葡萄作り』、前田晁(あきら)訳『キイランド集』、ポール・モーランの堀口大学訳『夜ひらく』などの影響もみられる。[栗坪良樹]

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精選版 日本国語大辞典の解説

〘名〙 大正末期から昭和初期の文学の一流派。横光利一・川端康成・片岡鉄兵・中河与一らを中心に、大正一三年(一九二四)一〇月に創刊された同人雑誌「文芸時代」に拠る一派をさす。第一次大戦後の西欧芸術思想の影響を受け、従来の自然主義的リアリズムに対して文学形式や文体上の革命を試み、感覚の斬新さを特徴とした。

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旺文社日本史事典 三訂版の解説

大正末期〜昭和初期,文芸同人雑誌『文芸時代』(1924年創刊)に拠った同人たちとその傾向をいう
横光利一・川端康成・今東光・片岡鉄兵・中河与一らが中心。自然主義的リアリズムを排し,感覚・印象の豊富な内容を表現する技法や文体に新生面を開いた。

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