黒体輻射(ふくしゃ)スペクトルを実現するために考案された、熱輻射源としての中空容器(空洞)にあけた小さな穴から射出される熱の放射。空洞内に閉じ込められた熱輻射が空洞の壁を透過して外へ出ることができない程度に壁には厚さがあるとする。この空洞を一定の温度に保っておくと、空洞内に蓄えられた熱輻射のエネルギー密度は、壁に吸収される熱輻射の量と壁から放射される量とがちょうどつり合うようになった状態で一定の値となる。この空洞の壁に小さな穴をあけると、その穴を通して空洞内部の熱輻射の一部が外へ射出される。いま、この穴を通して空洞内を直接のぞき見ることができる範囲内で、単位立体角当り、かつ単位振動数当りの輻射能をEΩ(ν, T)、吸収能をAΩ(ν, T)とする。なお、Ωは立体角、νは振動数、Tは温度を意味する文字記号であり、EΩ(AΩ)は、ある特定方向における単位立体角当りの輻射能(吸収能)を意味する。このとき、空洞外部の熱輻射がこの立体角の範囲内から空洞内部に入射すれば、空洞内で何回も壁に衝突する間に吸収され、ふたたびこの穴から外へ出てくることはまずない。すなわち、この穴の吸収能AΩ(ν, T)は1とみなせる。一般にEΩ(ν, T)=AΩ(ν, T)KΩ(ν, T)であり、いまAΩ(ν, T)=1なので、小穴からの輻射能EΩ(ν, T)は、壁の材料の性質にはよらず振動数と温度だけに依存している放射強度KΩ(ν, T)に等しい。ちなみに「Ω」がない場合は、すべての方向について積分した(足し合わせた)結果を表す。このように空洞の壁にあけた穴の部分からある特定の方向に放出される熱は、吸収能100%、つまり入射した光を完全に吸収し反射しない黒体からの熱の放散と同じものだとみなせる。これを空洞放射とよんでいる。
黒体輻射の輻射能の振動数依存性、すなわち黒体輻射スペクトルを古典電磁気学や熱力学を使って計算した結果は、空洞放射を利用して実測した値と一致しない。1900年プランクは、電磁波(場)はエネルギー量子(光子)から成り立つとした仮定をたて、黒体輻射スペクトルをみごとに説明した(プランクの放射公式)。この史実は量子論の礎(いしずえ)をつくったものとして科学史上名高い。
なお測光学では、周波数540テラヘルツ(THz。1THz=1012Hz)の緑色の単色放射を放出し、その放射強度が683分の1ワット毎ステラジアンであるような光源の光度を単位(1カンデラ)としているが、これを表すものとしては、金の溶ける温度における空洞放射が使用される。
[石黒浩三・久我隆弘 2015年12月14日]
放射(光)を通さず温度が一定の壁でかこまれた空間に満ち,壁と熱平衡に達している放射。壁にあけた小さな孔から放射を取り出して観測する。その性状は同温度の黒体が発する熱放射と同じで,空洞の形や壁の材料には無関係で,壁の温度だけで決まる(G. キルヒホフが1861年に証明)。1895年にW.ウィーンとO.ルンマーは熱放射の研究に黒体が基本的意味をもつことを強調,しかし黒体は実現しがたいので代りに空洞を用いる方法を提唱して初めて実験を軌道にのせた。空洞の中の放射はどの波長で強くどの波長で弱いかが研究の中心である。正確にいえば,絶対温度Tに保った空洞の単位体積が含む放射エネルギーのうち,波長が(λ,λ+dλ)の範囲にある分をut(λ)dλとして,放射のスペクトル密度ut(λ)を研究する。空洞には,内壁を酸化鉄で黒く塗り多数の仕切りを入れた白金の筒や磁器の筒が使われ,これを電気炉で加熱する。ut(λ)の実測を正確に再現する公式は1900年にM.プランクが発見,彼はその物理的含意をさぐって放射のエネルギー量子の仮説に到達した。
→プランクの放射則
執筆者:江沢 洋
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…物理学の術語としては,あたえられた温度の黒体(それに当たる電磁波を波長によらず完全に吸収してしまう理想物体)と熱平衡にある電磁波と定義され,黒体放射とも呼ばれる。実際上は,閉じた容器(空洞)の壁を一定の温度まで熱したとき,平衡状態でその中に満ちる電磁波として実現されるので,空洞放射ともいう。そのとき空洞中につるした温度計は,空洞に物質を満たして壁を熱したときと同じ(そして壁に接触している温度計とも同じ)温度を示すはずであって,このことは壁をつくる材料にもよらず(キルヒホフの法則),空洞の形にも大きさにもよらない。…
※「空洞放射」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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