コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

竹本越路太夫(3代) たけもと こしじだゆう

2件 の用語解説(竹本越路太夫(3代)の意味・用語解説を検索)

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

竹本越路太夫(3代) たけもと-こしじだゆう

1865-1924 明治-大正時代の浄瑠璃(じょうるり)太夫。
慶応元年10月6日生まれ。義太夫節。2代の門人となり,常子太夫,さの太夫,6代文字太夫をへて明治36年3代を襲名。大正4年から文楽座の櫓下(やぐらした)となった。大正13年3月18日死去。60歳。和泉(いずみ)(大阪府)出身。本名は貴田常次郎。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

竹本越路太夫(3代)

没年:大正13.3.18(1924)
生年:慶応1.10.6(1865.11.23)
明治大正期の義太夫節の太夫。本名貴田常次郎。泉州堺の生まれ。幼いころから素人浄瑠璃の会で語るのを楽しみにしていたが,明治11(1878)年に14歳で2代目越路太夫(のちの竹本摂津大掾)の門弟となり,プロの道を歩みはじめる。常子太夫,さの太夫,文字太夫と順次改名し,36年に3代目を相続。大正4(1915)年文楽座8代目紋下となった。得意の語り物は「絵本太功記」の「尼ケ崎の段」,「菅原伝授手習鑑」の「寺子屋の段」など。晩年は病に倒れてレコードを残さなかったのが惜しまれる。<参考文献>「名家真相録」(『演芸画報』1910年6月号)

(倉田喜弘)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

竹本越路太夫(3代)の関連キーワード娘義太夫義太夫語り義太夫三味線義太夫本竹本越路太夫竹本小清竹本重之助(2代)豊竹駒太夫(6代)豊竹湊太夫(6代)豊竹若太夫(7代)

今日のキーワード

平野美宇

卓球選手。2000年4月14日、静岡県生まれ、山梨県育ち。3歳で卓球を開始。07年に小学1年生で全日本選手権大会バンビの部優勝、09年に小学2年生で同大会ジュニアの部初出場を果たし、注目を集めた。13...

続きを読む

コトバンク for iPhone