デジタル大辞泉
「笹子峠」の意味・読み・例文・類語
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ささご‐とうげ‥たうげ【笹子峠】
- 山梨県大月市西端にある峠。秩父山地と御坂(みさか)山地の交界点にあたり、古くから甲州街道の難所として知られた。標高一〇九六メートル。
出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報 | 凡例
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笹子峠
ささごとうげ
大月市笹子町黒野田と東山梨郡大和村日影との間を越える峠。標高一〇九六メートル。峠を越える甲州道中(甲州街道)は、東の黒野田宿と西の駒飼宿(現大和村)を結び、当峠は道中最大の難所といわれた。篠籠とも書いた。「吾妻鏡」建保元年(一二一三)五月四日条にみえる坂東山や「曾我物語」巻九にみえる「坂東」は、当峠から北東の笹子山にかけての一帯のことといわれ、「甲斐国志」にも「出
東鑑
又曾我物語ニ三坂・片山・鶴・坂東トアリ今篠子嶺ト云フ山梨・都留二郡ノ分界ナリ」とみえる。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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笹子峠 (ささごとうげ)
山梨県中部,御坂(みさか)山地にある峠。標高1096m。かつての甲州街道第一の難所で,東麓には白野,阿弥陀海道,黒野田(以上,現大月市笹子町),北麓には鶴瀬(現甲州市,旧大和村)などの宿場があった。また,山梨県は峠を境に東の郡内地方,西の国中地方(甲府盆地)に分かれている。1903年に中央本線の笹子トンネルが開通し,昭和初めには笹子峠の南約6kmにある御坂峠を経由する道路が整備され,笹子峠は交通の要路からはずれた。1958年笹子有料トンネル(1971無料開放)が開通し,77年には中央自動車道の笹子トンネルが開通したため,峠越えの道路は現在ではほとんど使われない。
執筆者:横田 忠夫
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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笹子峠
ささごとうげ
山梨県甲州市(こうしゅうし)と大月市の境、すなわち甲府盆地と郡内(ぐんない)地方を経て江戸とを結んだ甲州街道の峠。標高1096メートル。この峠は地質的にも南の御坂(みさか)山地と北の関東山地との境界に相当する。かつては甲州街道上の難所であったが、明治末期に国鉄(現、JR)中央線の笹子トンネルの開通により、その重要性を失った。また、第二次世界大戦後の自動車交通には御坂新道の利用が多かったが、1958年(昭和33)に鉄道トンネルと斜行する自動車専用の新笹子トンネル(2953メートル)が追分(おいわけ)と初鹿野(はじかの)を結び、ふたたび重要路線となった。さらに中央自動車道の開通に伴い旧峠はまったく歴史上の存在となった。JR中央本線大月駅から初狩(はつかり)駅、笹子駅経由で新田(しんでん)までバス、下車後徒歩1時間。
[吉村 稔]
出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例
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笹子峠【ささごとうげ】
山梨県東部,大月市と甲州市の境にある旧甲州街道の峠。標高1096m。甲府盆地と郡内地方を連絡する唯一の峠で,甲州街道の最難所であった。《吾妻鏡》にみえる坂東山は当地付近とされ,中世には関所が置かれていたという。江戸時代には旅人や物資の出入りを取締る口留番所が峠の西麓に設けられている。現在,峠の東に中央本線の笹子トンネルと,国道20号と中央自動車道の笹子トンネルが通じている。
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出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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