粒子線治療(読み)りゅうしせんちりょう

  • りゅうしせんちりょう〔リフシセンチレウ〕

百科事典マイペディアの解説

電子よりも重い粒子である陽子π中間子,重粒子などを用いた放射線治療のこと。 X線γ線は身体の表面に近いほど強く,奥に入るほど弱くなる性質がある。これに対して,陽子線は奥に入るほど強く,エネルギーを放った後で弱くなり,重粒子線はさらに特定の場所で最大の線量を示す特徴がある。 このため,粒子線治療では,X線やγ線よりも,(がん)細胞にねらいを定めて線量を集中でき,治療効果が高い。また,癌細胞に到達するまで,正常組織にはほとんど影響がないため,吐き気や食欲不振など,ふつうの放射線治療にみられる副作用も少ない。 陽子線による癌治療は,1954年に米国のロレンス・バークリー研究所で始まった。この治療には大型加速器が必要なので,現在,行っている施設は世界で17ヵ所,日本では科学技術庁放射線医学研究所(千葉市),筑波大学付属病院(茨城県つくば市)の2ヵ所しかない。 同大学病院では,1983年から陽子線による癌治療を行い,1997年までに患者は500人を超えた。うち3割は肝細胞癌で,5年生存率は手術42.7%に対して,陽子線治療59%となっている。ちなみに,副作用を訴える患者は5%以下という。 現在では,まだ研究的に行われている段階だが,将来的には一般的な治療法として期待されている。→素粒子バリオン

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朝日新聞掲載「キーワード」の解説

水素の原子核(陽子)を利用する陽子線治療と、炭素を利用する重粒子線治療がある。X線を使う一般的な放射線治療と比べ、がん細胞にピンポイントで照射できるとされる。費用は300万円前後で現在は全額自己負担。この治療に伴う検査費や入院費などは保険が使える「先進医療」に指定されている。国内で実施しているのは昨年12月1日時点で陽子線が10施設、重粒子線は4施設。年に計約5千人が受けている。

(2016-01-15 朝日新聞 朝刊 5総合)

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デジタル大辞泉の解説

粒子線を癌(がん)の病巣に狙いを定めて照射する治療法。陽子を用いる陽子線治療や、水素より重い炭素などのイオンを用いる重粒子線癌治療などがある。X線ガンマ線に比べ体内の深部に到達し、停止する直前にエネルギーを放出する性質があるため、病巣の周りの正常な組織への副作用を抑えることができる。粒子線癌治療

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

放射線療法の一つ。細胞致死作用が大きい重粒子線または陽子線などの粒子放射線のビームを、病巣に集中的に照射する治療法。

 放射線はX線、γ(ガンマ)線等の電磁波放射線と、α(アルファ)線、β(ベータ)線、電子線、陽子線等の粒子線に区分される。また、粒子線は大別して低LET(Linear Energy Transfer)粒子線と高LET粒子線に区分される。

 粒子線を用いた放射線治療の最初はベータトロンで発生させた電子線治療である。電子線やサイクロトロンで発生させる陽子線は確かにX線より線量分布において利点があり、また物理的にはLETも少々高いが、生物学的効果比(RBE:relative biological effectiveness)としてはX線を用いた場合とほとんど同じであることから低LET放射線とよばれる。しかし、ブラッグピーク(線量ピーク)を有する陽子線は線量分布においてきわめて利点がある。線量のフラットな部分とピークの部分との比が大きいので、放射線の通過路に障害を与えることなく治療したい深部に十分な線量を与えることができる。1954年にはアメリカのカルフォルニア大学バークリー研究所で初の臨床応用が開始され、約30例の深部治療が行われた。その他スウェーデンのウプサラや千葉県の放射線医学総合研究所(放医研。当時は国立研究所。2016年から量子科学技術研究開発機構の一部門)等でも行われたが、陽子線のエネルギーが低く、目のメラノーマ(悪性黒色腫(しゅ))の治療が主であった。1961年にはハーバード大学で医療用の200MeV(メガ電子ボルト)サイクロトロンをつくり本格的に5000例近い治療を行った。陽子線治療はその使い安さや建設費等の経済性から治療施設は日本をはじめ世界中で増加しつつある。

 RBEの高い放射線には中性子線、α線(ヘリウム核線)、アルゴン線、ネオン線等がある。中性子線(「中性子捕獲療法」の項目を参照)はRBEは高いが、線量分布においてはX線と同じく漸減し利点がない。ヘリウム核線等はブラッグピークがあり、深部でエネルギーを放出するので線量分布に利点がある。ブラッグピークがありRBEにも利点がある放射線は、一般に重い粒子の放射線であるから重粒子線とよばれる。負のπ(パイ)中間子線もLETは高くブラッグピークもあり、その意味では重粒子線の一つであるが重くはない。陽子線より軽い粒子線である。そのため、ヘリウムより重い粒子線は、負のπ中間子線に対して重粒子線とよばれることもある。

 1975年からカルフォルニア大学バークリー研究所でサイクロトロンを用いた高エネルギーヘリウム核線で深部治療が行われた。2000例以上の治療を行い重粒子線治療の実績を出した。これに少し先だち1974年にアメリカのニュー・メキシコ州ロス・アラモスの山中にπ中間子放射線の治療施設がつくられ治療を開始し、7年間で230例の治療を行い実績を出した。π中間子治療はカナダのバンクーバーやスイスのフィリゲンでも多くの症例が治療され実績を出した。

 日本ではπ中間子線治療か重粒子線治療かの議論がかなり長く行われたが、重粒子線治療が選択され、前述の放射線医学総合研究所に大規模な治療施設HIMAC(ハイマック)(Heavy Ion Medical Accelerator in Chiba、重粒子線がん治療装置)が建設された(1993年完成、1994年より臨床試験開始)。HIMACには、大きなシンクロトロンを中心に前段階加速のためRFQ(Radio Frequency Quadrupole)型とアルバレ型という2段の線形加速器(リニア・アクセレレーター)が設置され、ここからシンクロトロンにイオンが注入される。高エネルギーとなったイオン放射線は照射系に注入される。照射系には物理、汎用(はんよう)照射系、二次ビーム照射系、生物照射系、治療照射系がある。治療照射系には垂直ビーム治療室、垂直水平ビーム治療室、水平ビーム治療室の3治療室がある。シンクロトロンの加速リングにも特徴があり、上下2段の加速リングがあり線量効率を上げるようになっている。この施設はヘリウム核より重い原子核の放射線を用いることを目的としていて、カーボン(炭素)核放射線やアルゴン核照射線を用いてより効果的な治療の研究が行われている。カーボンやシリコン、アルゴン等の原子核放射線はヘリウムに比してLETが高くRBEもより高い。しかし、ブラッグピークの高さすなわちピークプラトー比はしだいに低くなり、線量分布としてはヘリウムのほうが有利である。そのために、いかなるがんにどの放射線が適切かの研究も行われている。

 一般に放射線感受性の良い腫瘍(しゅよう)や、深部に存在する腫瘍、重要臓器の近くに存在する腫瘍には陽子線やヘリウム線が適切で、放射線感受性の悪い腫瘍、肉腫等には重い重粒子線が有利である。現在、放射線医学総合研究所で行っている重粒子線治療の適応となっている症例はX線治療に感受性の低い脳腫瘍、肺がん、肝がん、膵臓(すいぞう)がん、子宮がん、直腸がん(術後)、前立腺(せん)がん、骨・軟部腫瘍、食道腫瘍、またX線治療では適切な線量分布が得られない頭頸(とうけい)部腫瘍、眼球腫瘍、涙腺がん等である。現在兵庫県立粒子線医療センターでもカーボン核放射線を用いて治療を行っている。また、2005年(平成17)には群馬大学重粒子線医学研究センターにも治療施設が設立され、2010年から治療が開始された。

[赤沼篤夫]

『辻井博彦著『重粒子線治療の基礎と臨床――21世紀のがん治療』(2000・医療科学社)』『放射線医学総合研究所編、高橋千太郎・辻井博彦・米倉義晴著『知っていますか?医療と放射線――放射線の基礎から最先端の重粒子線治療まで』(2007・丸善)』

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