水素の原子核である陽子や、より重い炭素の原子核である重粒子を加速器でビームにし、粒子線として患部に照射、がん細胞を殺す治療法。手術やエックス線による治療が難しいがんにも効果がある場合があり、身体的負担が小さく、副作用も少ないとされる。現在は、治療に直接関わる部分以外の診察や検査、投薬、入院費などが保険診療となる先進医療に指定されている。陽子線と重粒子線を合わせ、全国13施設が実施しており、2014年7月から15年6月までの1年間で約4900人が治療を受けた。
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放射線療法の一つで、陽子、炭素イオンなどの荷電した粒子を加速器で加速して得られた陽子線、炭素イオン線のビームを、病巣に集中的に照射する治療法である。炭素イオン線による治療は「重粒子線治療」として知られる。
放射線はX線、γ(ガンマ)線等の「電磁波」と、α(アルファ)線、β(ベータ)線、電子線、陽子線、重イオン線等の「粒子線」に区分される。このうち、一般的にがん治療では、陽子線、炭素イオン線を用いた外部照射=粒子線治療として認識されている。また、放射線のビームが通過した際の、一定の長さあたりに付与する電離の大きさで大別して、「低LET(linear energy transfer)放射線」と「高LET放射線」に区分されている。
荷電粒子による外部照射は、1946年にロバート・ウィルソンRobert R. Wilson(1914―2000)によって提唱され、1954年にアメリカのカリフォルニア大学バークリー研究所で、日本では1979年(昭和54)に放射線医学総合研究所(現、量子科学技術研究開発機構)で陽子線治療が開始された。当初は、陽子線のエネルギーが低く、眼球など体表の近くに存在する腫瘍(しゅよう)を対象としていたが、1961年にはハーバード大学で、日本国内では1983年に筑波(つくば)大学で高エネルギーの陽子線を用いた体の深い位置にあるがん病巣に対する陽子線治療が可能になった。放射線治療で通常使用されているX線は光子線であるため、体内に照射されると、ビルドアップ効果により体表面から1~2センチメートルに線量付与のピークを生じたあとは、深部になるにしたがって相対線量が減衰しながら体を貫通する。一方、陽子線は荷電粒子線であり、その特性から体内のある深さで止めることが可能であり、さらに粒子が止まる直前で高い効果を発揮する。この荷電粒子線の物理学的な特徴をブラッグピークBragg peakとよび、このピークを腫瘍と同じ厚みに拡大する(spread-out Bragg peak:SOBP)とともに、SOBPの位置を腫瘍の部位に一致させることで病変に一致した高線量領域を形成できる。したがって、ビーム方向に対して腫瘍の奥に存在する正常臓器への影響を回避できるだけでなく、腫瘍の手前に存在する正常臓器に対しても線量を減じることができるため、X線に比べて病変に集中した照射が可能である。
重粒子線治療で用いられる炭素イオンも荷電粒子であるため、陽子線と同じような物理的特性を有するが、生物効果は陽子線と大きく異なる。陽子線は、X線と同様に低LET放射線であり、その生物効果は、陽子の飛程(放射線が体内を通過できる距離)に沿って生じた酸素などのラジカルが細胞のDNA損傷を引き起こす間接作用が主であるのに対し、高LET放射線である炭素イオン線は、粒子そのものがDNA損傷を直接引き起こす(直接作用)。一般に、放射線治療の感受性は酸素濃度や細胞周期に影響を受けるが、高LET放射線ではその影響が少ない。このため、放射線感受性が不良とされる増殖の遅い腫瘍、大きな腫瘍、肉腫等には重粒子線が有利とされている。
生物学的効果比(RBE)の高い放射線には炭素イオン線などの重粒子線以外に、中性子線、α線(ヘリウム核線)、負π(パイ)中間子線などがある。中性子線は、陽子線に先んじて1938年にアメリカのローレンス・バークレー国立研究所で速中性子線治療が開始された。日本でも1969年に放射線医学総合研究所(現、量子科学技術研究開発機構)でパイロット研究が始められたが、中性子は荷電粒子ではないため、陽子線や重粒子線のようにブラッグピークを有さず、X線に類似した線量付与となる。中性子線の高い生物効果による局所効果の増強が期待されたものの、皮膚や消化管などの重篤な副作用が問題となり、いずれの施設でも治療は中止され、日本国内での速中性子線治療は現在行われていない。ホウ素中性子捕捉(ほそく)療法において熱中性子とホウ素の核破砕反応で生じるヘリウム粒子はα粒子と区別されている(「ホウ素中性子捕捉療法」の項目を参照)。
理論物理学者の湯川秀樹によりその存在が予測されていたπ中間子は、パーキンスD. H. Perkins(1925―2022)らによって1947年に発見され、負の電荷を有する負π中間子線の治療への応用が試みられた。負π中間子線はブラッグピークを有し、体内に照射されると体内のO、N、C原子に吸収され消滅する際に核破砕反応を引き起こし、スター形成現象と称される、陽子、重陽子、中性子、X線、γ線などの混合したビームを放出する。1974年からアメリカで臨床試験が開始され、カナダ、スイスでも実施されたが、十分な臨床成果をあげられず、装置が大規模であったことも障害となり中止された。
日本でも、π中間子線治療か重粒子線治療かの議論が長く行われ、重粒子線治療が選択された。放射線医学総合研究所に大規模な治療用加速器(Heavy Ion Medical Accelerator in Chiba:HIMAC(ハイマック))が建設され、1993年(平成5)に完成し、1994年から臨床試験が開始された。以後2022年(令和4)7月までに、量子科学技術研究開発機構QST病院(旧、放射線医学総合研究所病院)では1万4000例以上の患者の治療が行われた。
粒子線治療は2001年以降、先進医療として治療が行われてきたが、手術困難な骨・軟部肉腫、頭頸部(とうけいぶ)がん、前立腺(せん)がん、手術困難な4センチメートル以上の肝臓がん、肝内胆管がん、局所進行性膵臓(すいぞう)がんについては、陽子線治療、重粒子線治療とも保険診療として実施されている。また、陽子線治療では小児腫瘍、重粒子線治療では手術後に再発した大腸がん(限局したもの)と子宮頸部腺がんも保険適用となっている。肺がん(局所進行がん、Ⅰ期)、食道がん(Ⅰ期)、腎臓(じんぞう)がん、肺転移、リンパ節転移などは先進医療として治療が継続されている。また、乳がんは臨床試験として治療が行われている。
2022年7月時点で、日本において粒子線がん治療が行われている施設は、重粒子線6か所(量子科学技術研究開発機構QST病院、群馬大学重粒子線医学研究センター、九州国際重粒子線がん治療センター、神奈川県立がんセンターなど)、陽子線18か所(国立がん研究センター東病院、静岡県立静岡がんセンター、筑波大学陽子線医学利用研究センター、南東北がん陽子線治療センターなど)、重粒子線と陽子線の両方1か所(兵庫県立粒子線医療センター)の合計25か所である。
[石川 仁 2023年2月16日]
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