すでにその機能を果たし終えた文書の裏を利用し,それを料紙として別の文書や日記,記録,聖教,典籍等を書くことは,近世以降にも行われたが,圧倒的に多くの事例は紙が貴重であった古代・中世において見いだしうる。この場合,伝来の主体は後に書かれた日記,聖教等になるので,料紙とされた文書はその紙背文書,あるいは裏文書といわれている。ただまったく別の意味を持つ裏書が裏文書といわれることもあるので,裏文書の呼称を避ける場合もある。
紙背文書の中には,〈伏見天皇自筆法華経〉(妙蓮寺蔵)が伏見の父後深草天皇書状の裏に写経され,〈元亨三年内宮遷宮記〉(神宮文庫蔵)がすべて綸旨などの宿紙に書かれた文書を料紙として記されたように,意図的に特定の性質の文書がまとめて使用されている場合もあるが,大部分は本来ほごとして破棄されるはずの文書が,まったく別の用途のために料紙とされ,偶然に伝来したものといってよい。それゆえ,紙背文書は意識的に保存すべきものとして伝わった通常の文書とは異なる性格を持ち,その時代の社会の実相をより直接的に伝える貴重なものが多い。
《正倉院文書》中の戸籍,計帳,正税帳等の奈良時代の公文書は,朝廷でほごとされたものが造東大寺司の写経所に下付され,写経所の文書として利用されたために伝来したもので,代表的な紙背文書である。検非違使関係の文書を多数伝える〈三条家本北山抄紙背文書〉や讃岐国戸籍や明法関係文書のみられる〈九条家本延喜式紙背文書〉は,平安中期の紙背文書として著名であり,《中右記》《兵範記》をはじめ鎌倉時代の《民経記》(経光卿記),《勘仲記》(兼仲卿記),《実躬卿記》,南北朝時代の《祇園執行顕詮記》《師守記》,室町時代の《満済准后日記》《実隆公記》《言継卿記》など,貴族・僧侶の日記は,みな豊富な紙背文書を持っている。このうち平安・鎌倉期の貴族の日記の場合,日記の筆者が蔵人や摂関家の家司などの地位にあったときに,その職務に即して入手した文書を料紙に利用したものが多い。興福寺,東大寺,東寺,仁和寺,醍醐寺等の大寺院に集積された膨大な聖教の中にも,紙背文書を持つものが少なからずあり,〈東宝記紙背文書〉には《玉葉》のような記録の断簡も見られる。このほか金沢文庫所蔵の典籍,聖教,神宮文庫所蔵の遷宮記,典籍等にも多くの紙背文書が見いだされ,もと金沢文庫蔵本で北条実時あての文書の裏を翻して書かれた《斉民要術》や,モンゴル襲来に関する文書を使って記された《八幡筥崎宮神宝記》なども有名である。また福井県大飯郡おおい町の旧名田庄(なたしよう)村下三重の熊野神社には鎌倉時代の多くの文書の裏に摺写(しようしや)された大般若経が所蔵されており,版経も紙背文書を持つことがある。
これらの紙背文書を通観すると,書状が最も多く,著名な人物の自筆書状がしばしば見いだされる。案文(写し),土代(下書),それに口頭でのべるべきことを文書にした折紙の比率も高い。また内容については,通常の伝来経緯による文書が圧倒的に田畠等の所領,不動産にかかわる文書であるのに対し,紙背文書には下人・所従を含む動産関係,雑務沙汰に関する文書が多く,供御人・神人など,非農業民の活動をうかがいうる文書も少なくない。しばしば天地・前後が切断され,判読に苦しむことも多いが,紙背文書はふつうの文書によっては知りえない社会の諸相を解明するための重要な手がかりとなりうるのである。
執筆者:網野 善彦
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古文書学上の用語。裏(うら)文書ともいう。使用ずみの反古(ほご)になった紙の紙背(裏)をふたたび料紙に利用したとき、反古にした側(本来の表側)の文書のことをいう。反古を利用したことによって、結果として偶然にも後世に表・裏に書かれた(または刷った)両者が伝来する。たとえば、702年(大宝2)の筑前(ちくぜん)戸籍は、745年(天平17)に反古として翻して再度米塩請求文書として利用されたことにより断簡として伝来し、902年(延喜2)の阿波(あわ)戸籍は、反古の紙背に写経したためその大半が伝わった。正倉院文書も、いったん反古になった官庁文書が東大寺写経所に交付されたものである。公卿(くぎょう)の日記も、時人の消息を記した文書や請取証文などを反古にして長巻にしたものが多い。史上著名人士の自筆消息などを偶然にみつけて研究上一大発見として世間を驚かせた例は多い。
[荻野三七彦]
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裏文書とも。現在残る古い文書や記録の,表にみえる部分ではなく,紙の裏面に書かれた文書。古い時代には紙は貴重品だったため,1度文書として使ったものも捨てることなく裏を利用した。現在紙背文書となっているものが最初に書かれたもので,表が後で再利用されたものである。たとえば古代の戸籍などを含む正倉院文書は,廃棄処分された戸籍などの裏を写経所などで利用した,その文書の紙背文書というかたちで残った。
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