改訂新版 世界大百科事典 「経営家族主義」の意味・わかりやすい解説
経営家族主義 (けいえいかぞくしゅぎ)
日本の人事管理の特質を言い表した言葉。日本の人事管理はきわめて特異な形をとって行われたといわれる。日本の企業では集団主義的な傾向が強く,たとえば工場長以下末端まで同じ制服を着て,同じ時間に始業して同じ時間に終業し,同じ社員食堂で昼食をとる等は,外国ではあまり見られなかった。欧米では,労働者を採用後すぐ技能度に応じて熟練,半熟練,未熟練等の階層分けをし,未熟練工から熟練工へ上る階梯はまずなく,こうした階層が企業の枠を越えて広がっていった(熟練労働者)。すなわち階層内平等・階層間不平等的であるが,日本では,多分に企業内平等,企業間不平等的であり,それをもとに従業員に企業に対する強い帰属意識を生み出している。それを支えるのが,俗に経営家族主義といわれる,能率の論理よりは生活保障の論理を重視した人事管理である。
まずその特色として,(1)終身雇用の慣行があげられる(終身雇用制)。企業は新規学卒者の採用に情熱をもやし,学卒者のほうも定年まで同一企業に勤務するつもりで入社するのが常で,企業と従業員の関係は長期的,永続的と考えられがちである。企業はよほどのことがないと首切りはせず,仕事がないときなど一時帰休の形が案出されたりした。労働組合も,労働市場の閉鎖性から,こと人員整理に対しては強烈な反対闘争を行うのが常で,組合活動が一般化した第2次大戦後,この慣行はかえって強められた側面すらある。それゆえ人件費があたかも固定費であるかのごとき観を呈し,景気変動への弾力性のなさを補うために臨時工の雇用や下請制の広範な利用等が行われた。日本では企業別組合が一般的であるが,こうした雇用慣行を土台にしなければ,かかる形は成立しえず,当然産業別組合が支配的な形態となっていたであろう。(2)年功賃金も大きな特色で,労働者の属性にリンクして賃金を決める属人給が一般的で,それも年齢・勤続等による格差が大きく,仕事の量や質への配慮が相対的に少なかった(年功的労使関係)。これを最もよく表すのが定期昇給制度で,技能も職務も変わらないのに年々賃金が上がることなど,外国ではなかなか理解されがたい。賃金が生活保障的であることを表すもので,生計費は年を追い家族人員がふえるにつれ上がらざるをえないから,賃金水準の低かった時代には,賃金がこのような形をとらざるをえなかったのである。(3)福利厚生費,それも法定外福利のウェイトが高いのも目をひく(企業福祉)。労働に対する直接対価の形をとらず,従業員であるがゆえの支出であるところに特色があり,社会保障の遅れから従業員の企業に対する愛着感を促進するのに役割を果たした。
このほか,縁故採用の重視,特異な企業内教育等,日本の人事管理の特色は多い。もっとも中小企業では,賃金の年功による格差は小さく,福利厚生も金のかからないものに限られがちであるが,家族従業者,縁故者,自家徒弟等が多い特色を生かして,従業員を準家族的な雰囲気内に取り込み,濃密な人間関係で補ってきた。これに対し大企業では,縁故関係等は希薄化しているが,終身雇用,賃金,福利厚生,教育等,制度化された生活保障でカバーしており,本質的には同性質のものと理解してよい。経営家族主義とは以上のような管理形態をさし,それは経営管理の家族生活に対する擬制であるといえる。すなわち日本の家族には従来,(1)個人の生活より家の生活が優位性をもち,個人生活の盛衰が家の盛衰に代替される,(2)血縁関係を中心として構成員に上下のヒエラルヒーが設定される,(3)しかもそれは,上下の支配・服従の関係ではなく,親は喜んで子どもを庇護(ひご)し,子は進んで親の庇護を受けて協力するという,〈温かい〉というよりむしろ〈なま温かい〉人間関係が認められる。そしてこうした関係が企業の人事管理に色濃く反映されているのであり,〈温情主義〉ともいわれるのである。
戦後は,〈経営者は親であり,従業員は子どもである〉といった,イデオロギーとしての経営家族主義は確かに存在の基盤を失った。しかしこのような管理は,労使の縦の関係よりも同業他企業との横の競争関係をクローズアップさせ,企業を中心とした共同体意識を形成せしめ,日本の労使関係を特異な形態に固定してきたのである。このような形態は,ときに前近代的な封建遺制といわれる。もちろん,企業をとりまく社会構造にこうした社会関係がなければ,企業経営にかかる特色が持ち込まれるはずはない。しかし日本でこのような人事管理が定着したのは比較的新しく,大正初年から10年(1921)ころのことで,意図的に形成された合理的な所産だといえる。ただ今日では,家族主義という言葉はあまり使わず,むしろ集団主義という言葉を使うことが多くなった。なお,ドイツなどでも類似のやり方がみられるが(第2次大戦前のクルップ社が典型例),当然ながらそれらは日本のものとは多少違っている。
→日本的経営
執筆者:松島 静雄
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報