( 1 )嘉永五年(一八五二)、現在一般に経木といわれる食品を包む薄経木が考案される。食品の包装には、それまで竹(マダケ)の皮が用いられていたが、嘉永四年関東一円で竹皮の不足が生じ、これを契機に武州月輪の宮嶋勘左衛門が竹皮の代用品として作り始めたのが薄経木の始まりで「枇木(ひぎ)」という名称で売り出された。
( 2 )薄経木という名称が確立するまで、呼称はできた土地で思い思いにつけられたのでまちまちであった。例えば、東京「経木(きょうぎ)」、群馬「経木(へぎ)」、栃木「木皮(きっかわ)」、岩手「径木(けいぎ)」、秋田「べら」、青森「鉋殻(かんながら)」、北海道「薄皮(うすかわ)」等である。薄経木という名称は、長野県で昔から折箱の材料を作っており、後から包み経木を作った時、区別するために厚と薄といったのが始まり。
スギ,ヒノキ,その他の木材を薄く削りとったもの。つまり,〈へぎ〉〈へぎ板〉の別称として現在では用いられているが,元来は〈へぎ〉の用途上の呼称の一つであった。〈へぎ〉の語は〈剝(へ)ぐ〉という動詞の名詞化したもので,〈片木〉〈折〉などと書く。きわめて古くから行われていたもので,適宜の長さに輪切りにした原木をなたで割り,それを〈へぎなた〉などと呼ぶ刃物で薄く削りとった。それをそれぞれ便宜の寸法にし,屋根板に使ったものが杮(こけら)である。木簡も同じような方法でつくられた。経木の語は片木を短冊形にして経文を書写したことによる呼称で,三条西実隆の日記には法華経を書写するために経木を買った記事があり,そうした写経の遺品としては奈良元興寺極楽坊に鎌倉~室町期のものが伝存し,杮経(こけらぎよう)と呼ばれている。これは古代インドでパルミラヤシの葉を大きな短冊形に切って経文を書いた貝多羅葉(ばいたらよう)の古制をとどめるもので,厚さ2~3mmの片木を24.2cm×1.8cmほどに切りそろえ,その両面に各1行17字ずつの経文を書き,20枚ほどを単位として束ねた。望月信亨の《仏教大辞典》はこれを〈笹塔婆,細塔婆,或は木簡写経とも云ふ〉としている。笹塔婆,細塔婆はいずれも〈ささとうば〉と読むが,いまでは経木塔婆,水塔婆と呼ぶことが多い。おもに関西で見られるもので,上部に五輪形の刻みを入れて経文や法名を書き,故人の冥福を祈って水に浸したり流したりする。
片木がより薄く,より表面のなめらかなものになるためには,台鉋(だいがんな)が必要であった。それは15世紀ごろに登場し,さらにくふうが施されて幕末には紙のように薄い製品ができるようになる。そして,現在では片木一般を経木と呼び,それを厚経木と薄経木に区分するようになった。厚経木は昔ながらの折箱や曲物(まげもの)の素材とされるが,かつては付木(つけぎ)の材料としても重要であった。付木は長方形の厚経木の一辺に硫黄を塗ったもので,マッチの普及以前,火だねを運ぶために必須の生活用品であった。薄経木は,紙のように薄く削ったもので食品の包装などに用いられるが,これは1852年(嘉永5)に武州月輪(つきのわ)(現,埼玉県比企郡滑川村)で付木の製造をしていた宮島勘左衛門が完成したものだという。前年,関東一円でマダケの開花枯死が起こり,当時包装材料として需要の増大していた竹の皮が不足したため,勘左衛門はそれにかわるものをと考えて研究開発したのであった。なお,明治後期ごろから重要な輸出品であった経木真田(さなだ)は,麦稈(ばつかん)真田の代用品として考案されたが,染色その他の加工がしやすいため,婦人帽などの材料として欧米で歓迎されたものである。
執筆者:塚田 順洋
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スギやヒノキ、マツなどの木材を、紙のように薄く削ったもの。菓子やみそ、魚などの食品を包んだり、折り箱の底に敷いたりして用いる。古くは経文を書写したことからこの名があり、かんなかけ(鉋掛)、へぎ(折、片木、剥)、また幅の広いものはうすいた(薄板)ともいう。元来は折り箱や折盆(へぎぼん)、あるいは折敷(おしき)などの用法が一般的であったが、1852年(嘉永5)に宮嶋勘左衛門(みやじまかんざえもん)によって、枇木(ひぎ)とよばれる包みものに便利な薄経木が開発されてからは、前者を厚経木として区別している。用材としては、色が白く、繊維が強くて年輪のそろった樹木が適しているが、なかでもドロノキやタカノツメ(ともに箸(はし)やマッチの軸木にも用いる)が称美されている。現在では産出量の面から、エゾマツ、アカマツ、トドマツ、カラマツなどが主流を占める。なお、経木を材料に用いたものとしては、木曽(きそ)の檜笠(ひのきがさ)、高知の土佐笠などの工芸品のほか、兵庫のマッチなどがよく知られる。ことに経木真田(さなだ)といって、経木を細く切って真田紐(ひも)のように編んだものは、夏帽子などの製品となって海外にも輸出され、経木産業の振興の一因ともなった。また縦糸に綿糸、横糸に経木を用いた経木織物は、襖張(ふすまはり)地や座ぶとん地に用いられ、和紙などを貼(は)り付けた経木紙は、折り箱の材料として普及している。
[宮垣克己]
『田中信清著『経木』(『ものと人間の文化史37』1980・法政大学出版局)』
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