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結城神社 ユウキジンジャ

デジタル大辞泉の解説

ゆうき‐じんじゃ〔ゆふき‐〕【結城神社】

三重県津市にある神社。祭神結城宗広ほか一族の将士。病難よけの利益があると信仰されている。俗称、結城医王大明神。

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百科事典マイペディアの解説

結城神社【ゆうきじんじゃ】

三重県津市に鎮座。旧別格官幣社。結城宗広をまつる。宗広は南朝忠臣で,1335年,1337年と再度にわたって,義良親王北畠顕家に従って奥州から京畿に長征したが,顕家戦死後,再起を図って帰国の途次,1338年この地に病没

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デジタル大辞泉プラスの解説

結城神社

三重県津市にある神社。創祀は不明。後醍醐天皇に奉じ、建武新政の樹立に貢献した結城宗広を祀る。別名「結城明神」。約300本のしだれ梅で知られる。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

結城神社
ゆうきじんじゃ

三重県津市大字藤方に鎮座。旧別格官幣社。結城宗広(むねひろ)を主祭神とし、結城親光(ちかみつ)と一族殉難将士を配祀(はいし)する。宗広は陸奥白河(むつしらかわ)(福島県白河市)の城主、建武(けんむ)中興に際し大いに功績があった。中興瓦解(がかい)ののちも義良(のりよし)(のりなが)親王(後村上(ごむらかみ)天皇)のもとで南朝のために忠誠を尽くし、1338年(延元3・暦応1)同親王を奉じて海路東国に向かう途中、暴風雨のため伊勢(いせ)国安濃津(あのつ)に漂着、その地で薨(こう)じた。当地ではいつのころよりか墓の傍らに小祠(しょうし)を建て宗広の霊を祀(まつ)っていたが、江戸期に入り津藩主藤堂(とうどう)家の崇敬厚く、何度か社殿を改築したり墳墓を修造整備したりした。1880年(明治13)明治天皇巡幸のおり、幣帛(へいはく)料の下賜があり、82年別格官幣社に列せられた。例祭5月1日。社宝に紙本墨書「結城神社文書」45通(県指定文化財)、刀剣類などがある。[平泉隆房]

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