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聖徳太子絵伝 しょうとくたいしえでん

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

聖徳太子絵伝
しょうとくたいしえでん

聖徳太子の伝記を絵画化したもの。文献から8世紀にはすでに四天王寺に存在したことが知られる。最古の遺品は法隆寺絵殿の壁面5間に描かれていた障子絵 (東京国立博物館) で国宝。延久1 (1069) 年,秦致貞 (はたのちてい) の作。これは太子の伝記を六十余の場面とし,複雑な山水の構成のなかに配置したもの。中世になると太子信仰の普及と強化に伴い,絵巻や掛幅,屏風形式の作品が数多く制作された。大画面の場合,その制作環境が聖徳太子系寺院か真宗系寺院かの別により,2つの系譜に分れるといわれている。

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百科事典マイペディアの解説

聖徳太子絵伝【しょうとくたいしえでん】

聖徳太子の伝記を絵画化したもので,神話化された要素が多い。現存最古の作例は1069年秦致貞(はたちてい)が描いた旧法隆寺絵殿の障子絵(現東京国立博物館蔵屏風)。
→関連項目絵解き秦致貞

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世界大百科事典 第2版の解説

しょうとくたいしえでん【聖徳太子絵伝】

太子信仰に基づき聖徳太子一代の伝記を描いた絵巻。太子の伝説絵は,法隆寺絵殿の障子絵など壁画の形式をとるもののほかに絵巻形式,掛幅形式のものなどがあり,相互に関連しあってバラエティに富んだ各種の作品が生み出された。なかでも鎌倉時代には,新旧の両仏教諸宗派による太子信仰の高まりの中で,数多くの太子絵伝の成立をみた。現存する絵巻作例のうち,最大規模のものは京都堂本家本10巻で,〈入胎〉から太子薨後の〈入鹿(いるか)誅殺〉までの64事跡場面が描かれている。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

聖徳太子絵伝
しょうとくたいしえでん

聖徳太子一代の伝記を絵画化したもの。誕生から薨去(こうきょ)に至る生涯のさまざまの事跡を描き、あるいは詞書(ことばがき)や色紙(しきし)形などの文字で説明を加えたもの。古くはすでに奈良後期に四天王寺の絵堂に太子絵伝の壁画があったことが文献からわかる(『太子伝古今目録抄』)。現存中最古の遺品は、1069年(延久1)につくられた旧法隆寺絵殿の障子絵(現在10面の額に改装。国宝。東京国立博物館保管)で、秦致真(はたのちしん)(致貞)の作と知られる。後世の補修が何度か加えられているが、画面の構成や図様は当初の模様を伝え、平安時代の、作者・制作年の明らかな遺品として貴重である。鎌倉時代以降は、太子信仰の隆盛とともに絵巻や掛幅などに数多くの絵伝がつくられた。遺品としては上宮寺、堂本家などの絵巻、また四天王寺、橘寺(たちばなでら)、鶴林寺(かくりんじ)、斑鳩寺(はんきゅうじ)などの諸本がとくに知られている。[村重 寧]

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