聴覚障害教育(読み)ちょうかくしょうがいきょういく

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

聴覚障害教育
ちょうかくしょうがいきょういく

聞こえに障害のある人を対象として行われる教育。聴力の程度や音声でのコミュニケーションの状況に応じて、教育の場が選択される。音声でのコミュニケーションがもっとも困難な場合には、聴覚障害者を対象とする特別支援学校(以下、特別支援学校(聴覚障害))で教育が行われる。また、音声によるコミュニケーションなどの状況によって、通常の小・中学校で教育を受けながら、難聴児を対象とする特別支援学級(以下、難聴学級)へ通級する場合や、通常の学級で配慮を受けながら学習・生活を進める場合などがある。聴覚障害児のための難聴学級は「きこえの教室」などとよばれることもある。
 聴覚障害教育では、いずれの教育の場においても、健聴児と同じ教育内容に加えて、聴覚の活用や日本語の獲得、社会的自立などに配慮した特別な教育が必要とされている。[草薙進郎・四日市章]

沿革

日本の聴覚障害教育(古くは聾唖(ろうあ)教育、聾教育)は、1878年(明治11)に、京都に盲唖(もうあ)院が開設されたことをもってその創始とされる。盲唖院の古河太四郎(ふるかわたしろう)は教育方法や教材、教具に独自なくふうを行い、初期の教育実践に大きな貢献をした。東京では1880年に明六(めいろく)社の中村正直(まさなお)らの運動により楽善(らくぜん)会訓盲(くんもう)院が開設され、聾唖生も入学を許可された(後の官立東京盲唖学校、現在の筑波(つくば)大学附属視覚特別支援学校・同聴覚特別支援学校)。1897年以後、盲唖学校はしだいに増加したが、すべて私立の小規模校であり、経営困難で篤志家の慈善に頼っていた。1907年(明治40)以後の盲・聾教育の整備・拡充運動の成果として、1923年(大正12)に「盲学校及聾唖学校令」が制定され、盲学校と聾唖学校の分離や道府県の学校設置義務が規定された。昭和期に入り聾教育は、私立学校の公立移管、就学児童の増加、教員養成の整備などの進展をみせた。第二次世界大戦後は、就学義務制の施行(1948)や関連科学の進歩を基盤に、聴覚障害教育は大きく発展した。2007年度(平成19)からは、それまでの盲、聾、養護学校は特別支援学校として統一されたが、各障害に応じた教育の基本的な枠組みは維持されている。[草薙進郎・四日市章]

早期教育

特別支援学校(聴覚障害)は、幼稚部、小学部、中学部、高等部(本科3年、専攻科1年以上)からなっている。幼稚部は3歳入学であるが、0~2歳児には教育相談(家族支援が中心)としての対応がなされている。聴覚障害は音声の理解を妨げ、ことばの発達などに著しい影響を及ぼすので、早期発見、早期教育が不可欠となる。幼稚部の教育は「特別支援学校幼稚部教育要領」によるが、とくに、補聴器や人工内耳による聴覚学習と言語指導が大切である。言語指導は、自然な身ぶりに加え、聴覚、発音、読話、また手話や指文字、キュード・スピーチ(読話を補助するための手指(しゅし)記号)など、さまざまなコミュニケーション手段を適切に用いて行われる。2000年代からは、人工内耳装用児の増加と装用の低年齢化が、また一方では、幼児段階からの手話の利用が進んでいる。[草薙進郎・四日市章]

小学部・中学部の教育

小学部と中学部では、通常の学校に準じた教育と障害に対応した教育が行われ、教育課程は「特別支援学校小学部・中学部学習指導要領」を基準に「各教科」「道徳」「外国語活動(小学部のみ)」「総合的な学習の時間」「特別活動」「自立活動」から編成される。教育課程は、聴覚障害の状態、発達段階、ならびに地域や学校の実態を十分考慮して編成される。指導においては、個々の特性に応じながら、国語力の拡充や基礎学力の向上が図られるとともに、人格の形成が重要とされている。また、聴覚に加え知的な面などでの障害のある重複(ちょうふく)障害児の教育が課題となっている。
 一方、特別支援学校(聴覚障害)から通常の学校へ転校する児童・生徒や通常の学校で学ぶ児童・生徒も多く、統合教育といわれる。特別支援学校(聴覚障害)では通常の学校との「交流及び共同学習」を進め、健聴児とともに学ぶ機会を通して、相互の理解を推進している。[草薙進郎・四日市章]

高等部の教育と進路

高等部では、社会的・職業的自立を目ざして、普通科と職業科(専門教育を主とする学科)の教育が行われる。職業科は、社会の産業構造の変化に応じて、教育内容が変化している。従来は、木工・金工、被服、印刷、産業工芸、機械、歯科技工など、コミュニケーションの負担の少ない、技術的な職業が中心であったが、次第に、事務処理、情報処理といった社会のニーズに応じた内容へと変わってきている。また、大学などの高等教育への進学も増えている。[草薙進郎・四日市章]

特別支援学校(聴覚障害)の施設・設備

多くの学校には寄宿舎が併設されている。また、聴力測定室、個人指導室、教育相談室などが設けられ、聴力測定器、集団補聴器、発音練習機器のほか、種々の視聴覚教材、模型などが用意されている。パソコンやインターネットなども広く利用されている。[草薙進郎・四日市章]

特別支援学級(難聴学級)の教育

難聴児のための学級は、ほとんどが通級制で、難聴児は在籍する通常の学級から、週に数時間、指導を受けに通級する。1993年度(平成5)には「通級による指導」が制度化された。早期教育は、多くの難聴学級で教育相談として行われている。難聴学級での指導は、補聴器や人工内耳による聴覚学習と言語指導が中心となるが、学年の進行に伴って、基礎学力向上のための指導も重要となる。難聴学級では、補聴機器や、教室の音響的な配慮、学習用の設備や備品が不可欠だが、通常の学級においてもワイヤレスマイク補聴装置などが必要となる。
 通常の学級で、難聴児が効果的な学習を進められるには、通常の学級と難聴学級の担任相互の連絡・協力、また、医療・保健機関との連携も重要となる。さらに、通常の学級で学ぶ難聴児への、ノートテイク(授業での教師や友人のことばを要約筆記すること)、またパソコンや手話などによる情報保障をはじめ、級友や学級担任への障害理解教育も大切である。[草薙進郎・四日市章]
『草薙進郎・四日市章編著『聴覚障害児の教育と方法』(1997・コレール社) ▽中野善達・根本匡文編著『聴覚障害教育の基本と実際』改訂版(2008・田研出版) ▽中村満紀男・前川久男・四日市章編著『理解と支援の特別支援教育』2訂版(2009・コレール社)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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