神経組織を構成する細胞のうち,髄鞘,または髄鞘を形成する細胞のみが原発性に侵される疾患を脱髄疾患と呼ぶ。したがって脱髄疾患に侵された部位では髄鞘のみは消失するが,神経細胞体やその樹状突起,軸索などは保たれるのが原則である。ただし,このような髄鞘のみの侵害を生ずるものには,一度正常に形成された髄鞘が破壊されるものと,先天性の異常のため,神経発生の途上において髄鞘が形成されないものとが区別される。前者は真に脱髄疾患と呼ばれるべきものであるが,後者は髄鞘形成不全dysmyelinating diseaseであり,これとは区別されなければならない。しかし実際には,これらの両方の過程が混在していて識別が困難な場合も少なくない。脱髄疾患には種々のものがあるが,(1)脂質代謝異常に基づくもの,(2)自己免疫によるもの,(3)ウイルス感染によるもの,(4)原因不明のもの,に大別される。
(1)脂質代謝異常による脱髄疾患には,前述の髄鞘形成不全というべきものが含まれているが,大脳白質の広い範囲にわたって髄鞘が消失するため,白質ジストロフィーleukodystrophyと呼ばれている。しかし脂質代謝異常の欠損酵素が確定しているものとしては,異染性白質ジストロフィー(アリルスルファターゼA欠損症)や,クラッベ病Krabbe's disease(ガラクトセレブロシダーゼ欠損症)などがある。また従来シルダー病Schilder's diseaseとして記載されていた副腎白質ジストロフィーadrenoleukodystrophyも脂質代謝異常によるものと考えられている。いずれも幼小児の遺伝性疾患で,痙性四肢麻痺,痙攣(けいれん),認知症または精神遅滞などが臨床像の中核をなしているが,末梢神経の髄鞘も同様に失われるため,末梢神経伝導速度の低下がしばしば認められる。
(2)自己免疫によるものとしては,急性播種性脳脊髄炎,ないし感染後脳脊髄炎またはワクチン接種後脳脊髄炎がある。これは髄鞘の塩基性タンパク質に対して自己感作されたリンパ球により主として小静脈周囲部の髄鞘が破壊されることによって生じ,動物実験で同様の病態をつくることができる。臨床像は,急性感染症やワクチン接種後1~2週後に生ずる脳炎または脊髄炎症状が主体であり,自然寛解に至るのがふつうである。これに対し,同様の自己免疫機転が末梢性髄鞘の塩基性タンパク質に対して生じたと考えられているものにギラン=バレー症候群がある。ギラン=バレー症候群においても,急性感染症に感染した後数日ないし数週間後に弛緩性四肢麻痺を生じてくるが,やはり自然寛解に至る。しかし同様の自己免疫機転が明らかな感染症の前駆なしに反復し,慢性化するものがあり,慢性反復性ポリニューロパチーと呼ばれている。
(3)髄鞘形成または保持細胞に親和性の強いウイルスは,動物ではいくつかのものが知られているが,ヒトで確認されているのは進行性多巣性白質脳症の場合のみである。この疾患の原因となるパポバウイルスpapovavirusは中枢の髄鞘保持細胞であるオリゴデンドログリアoligodendrogliaを選択的に侵すため,脱髄性の病変が形成される。
(4)ヒトにおける中枢神経系の脱髄疾患中最も重要なものである多発性硬化症はまだ原因不明の疾患であり,自己免疫機転による可能性と,髄鞘保持細胞に選択的な感染症である可能性の両方が考えられている。多発性硬化症の特徴の一つは,自然経過として寛解・増悪を繰り返すことであるが,この原因についてもまだ明らかにされていない。ヒトにおける原因不明の脱髄疾患には,このほかに同心円硬化症(バロ病)があり,近年東南アジア地域におけるその多発が問題となっている。
執筆者:岩田 誠
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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