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船中八策 センチュウハッサク

デジタル大辞泉の解説

せんちゅう‐はっさく【船中八策】

慶応3年(1867)坂本竜馬が起草させた新国家構想。長崎から上洛中、土佐藩船中で後藤象二郎に示したものとされ、朝廷への政権奉還、二院制議会の設置、外国との不平等条約改定、憲法の制定海軍拡張など8か条からなる。後にこの構想は、大政奉還、明治政府の五箇条の御誓文となって引き継がれた。

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世界大百科事典 第2版の解説

せんちゅうはっさく【船中八策】

幕末期に坂本竜馬がまとめた8ヵ条の新しい国家構想。この国家構想は,竜馬が1867年(慶応3)6月9日長崎を出発して上京する途中,船中にて同乗の後藤象二郎に示したものであって,内容的には大政奉還,公議政体,法典制定,海軍拡張,親兵設置,幣制改革など,集権的な統一国家を構想するものであった。とくに大政奉還による朝廷への権力集中と上下議政局(上院,下院を意味する)の設置による議会政治実現の構想は,従来からなかったわけではないが,武力討幕がようやく現実の問題となりはじめたこの時期において,武力討幕論にとっても新しい国家構想として大義名分をあたえることになり,武力討幕に同調できない勢力にも新しい方針として受けいれられた。

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大辞林 第三版の解説

せんちゅうはっさく【船中八策】

1867年、坂本竜馬が上京の船中で後藤象二郎に示した八か条の新国家構想。大政奉還・議会設置・大典制定・海軍拡張・諸外国との国交樹立など。大政奉還は土佐藩の建白により実現、以下は五か条の誓文および新政府に受け継がれる。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

船中八策
せんちゅうはっさく

坂本龍馬(りょうま)が1867年(慶応3)6月9日土佐(とさ)藩船夕顔丸で長崎をたち上京の船中、藩士後藤象二郎(しょうじろう)に示した新しい国家体制の要項。八か条からなり、筆記者は海援隊書記の長岡謙吉。第1条で、政権を朝廷に奉還し朝廷を中央政府とすることを示し、第2条で、上下議政局(議会)の設置、以下、人材の登用、外国との正常な国交の樹立、無窮の大典(憲法)の制定、海軍の拡張、帝都守衛の新軍隊の編成、世界に通用する貨幣・物価の制度の樹立をあげ、このほかに日本の危機を打開する道はないと断言している。第1条は土佐藩の建白による大政奉還として実現、第2条以下は新政府の五か条の誓文につながり、さらに明治政府の課題となる。[関田英里]
『平尾道雄著『坂本龍馬海援隊始末記』(中公文庫)』

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世界大百科事典内の船中八策の言及

【坂本竜馬】より

…1865年(慶応1)から翌年にかけての薩長同盟,その翌年の薩土盟約を実現させるための政治活動,それとこの間の亀山社中(1865成立)および海援隊における海運・貿易に従事しながらの航海術の修業は,他の維新の指導者にはみられない行動様式であった。この新国家構想を進める政治家の時代は,後藤象二郎の大政奉還論に利用される〈船中八策〉に代表される。そこでは,幕藩制的秩序にこだわらない中央集権的な統一国家が構想されている。…

【大政奉還】より

…その中心人物が後藤象二郎で,彼は前藩主山内容堂(豊信(とよしげ))を動かしてこの運動をすすめた。この後藤の大政奉還論の背後には,いわゆる〈船中八策〉(坂本竜馬が後藤と上京の途次立案し,1867年6月15日綱領化された)にみられる政治綱領があった。それは政治の実権を幕府から朝廷に奉還し,朝廷(天皇)のもとに諸侯会議および新たに登用された人材(議員)によって構成された上下議政局をおいて万機を公議に決し,開国和親・法律制定・軍事力(御親兵)設置・貨幣統一などによって国家の体制を整えようとしたものであった。…

※「船中八策」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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