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芳春院 ほうしゅんいん

朝日日本歴史人物事典の解説

芳春院

没年:永禄4.7.9(1561.8.19)
生年:生年不詳
戦国時代の武家の女性。北条氏綱の娘。古河公方足利晴氏の妻。古河公方を支配下に入れることを企図した北条氏の政略により嫁ぎ,義氏を生んだ。北条氏が晴氏を退け義氏を公方に立てると,北条氏と公方との媒介役となり,北条氏の勢力伸張の一翼を担った。芳春院殿は法名。

(池上裕子)

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367日誕生日大事典の解説

芳春院 (ほうしゅんいん)

生年月日:1547年7月9日
戦国時代;安土桃山時代;江戸時代前期の女性。加賀藩主前田利家の正室
1617年没

出典|日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について | 情報

世界大百科事典内の芳春院の言及

【前田利家】より

…そして85年秀吉の越中征伐後,長男利勝(利長)が越中3郡を領し,ここに北陸の雄藩としての基礎を定めた。 豊臣氏と前田氏とは織田部将時代の同輩であり,秀吉の室北政所(高台院)と利家の室芳春院とは幼なじみ,しかも三女まあは秀吉の妾,四女豪と六女菊は秀吉の養女という親族同様の関係にあった。秀吉の信頼はとくにあつく,86年筑前守の受領を許され,87年の九州征伐では京都・大坂の守護,90年の小田原征伐には北関東から進撃して奥羽征伐にも従い,92年(文禄1)の文禄の役では名護屋に駐留して徳川家康とともに秀吉の朝鮮渡海を諫止,93年秀頼誕生の後には傅(もり)役に任ぜられ,96年(慶長1)秀吉・秀頼父子の参内に供奉して従二位権大納言に叙任され,豊臣氏に対し重大な責務を負うこととなった。…

※「芳春院」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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