アメリカの詩人W・ホイットマンの詩集。1855年に世に出た初版は、12編の無題詩を収めたわずか95ページの小冊子ながら、伝統的詩法や素材を無視して、新しいアメリカの理念と現実を歌い上げている。その「野蛮な絶叫」ゆえに当時の世評は、エマソンなどごく少数の好意的な批評を除くと、まったく冷淡だった。改筆、増補、削除の努力は改版のたびに重ねられ、現在流布している最後の第9版(1892)は、400編余りを収める大部の詩集となっている。なかでも初版の巻頭長編詩(のちに『ぼく自身の歌』と題す)は代表作で、彼の精神の多様さと広がりをよく表している。第3版(1860)に登場する『アダムの子ら』と『カラマス』は愛と友情をたたえる詩群で、『はてしなく揺れる揺りかごから』は叙情詩の佳作。ほかに南北戦争を素材とする詩群『軍鼓のひびき』、リンカーン大統領の死を悼(いた)む挽歌(ばんか)『先ごろ前庭にライラックが咲き』がある。晩年の作品としては、南北戦争後の物質万能の世相を嘆き、精神の優位を訴える『インドへ渡ろう』が注目される。この詩集はアメリカ詩の清冽(せいれつ)な源流を形成するばかりでなく、自由闊達(かったつ)なアメリカ精神の代表的表現ともいえるだろう。
[酒本雅之]
『杉木喬・鍋島能弘・酒本雅之訳『草の葉』全3冊(岩波文庫)』
アメリカの詩人ホイットマンの詩集。1855年に出た初版はわずか12編の無題詩から成る95ページの本だったが,以後版を改めるごとに新しい詩が加えられ,最後の第9版(1892)には402編が収められている。量的な違いだけでなく,初版では伝統の詩法を無視した表現やイメージが,とめどなくあふれ出る〈溶岩〉のように奔放に歌い上げられていくのに,第3版(1860)になると,かつてのような世界との親密な一体感は失われ,詩人は越えがたい亀裂を嘆き始める。抒情詩の傑作《はてしなく揺れ動く揺籃から》(1859)がホイットマン詩のこの新しいありようを疑問の余地なく教えてくれる。たとえば後期の代表作《インドへ渡ろう》(1871)を初版の《ぼく自身の歌》と比べれば,詩人の魂がたどった屈折が理解できよう。同時にそれは19世紀のアメリカ社会が,南北戦争を分水嶺としてくぐりぬけた激動の歴史の縮図とも言える。邦訳では1919-20年刊の富田砕花訳が早い。
執筆者:酒本 雅之
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…彼に親炙(しんしや)したソローは,エマソンの説を自ら森の中の生活によって実践,その記録《ウォールデン》(1854)で物質主義化したアメリカに警鐘を鳴らした。またホイットマンは詩集《草の葉》(初版1855)で,あらゆるものの中に聖なるものを見るエマソン思想を発展させ,アメリカとアメリカの人間の生命を力強くうたった。この間,超越主義の仲間に一時は加わりながらもピューリタンの伝統に立つところの多かったホーソーンは,《緋文字》(1850)などによって人間の心に秘められた罪の意識の諸相を探り,心理のひだを象徴的に描いた。…
…その具体的な過程をたどることは困難だが,彼がこの時期に政治家の裏切りや腐敗に憤激して書いた数編の詩が,すでにのちのホイットマン詩のリズムや詩法を予告していることから察しても,この転身の〈奇跡〉が政治世界での挫折と深くかかわっていることは確かである。 のちにアメリカ詩の源流の一つとされる詩集《草の葉》が世に出たのは,55年7月上旬であった。初版はわずか95ページ,著者の名前も見当たらず,冒頭におかれた長い序文に12編の無題詩がつづいていた。…
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