明治維新以後,維新を遂行した西南雄藩出身者が,明治政府の権力を独占するためにつくった排他的な政治的派閥をいう。主として薩摩,長州,土佐,肥前の出身者による人的な結合が藩閥で,とりわけ薩長を中心に独占された明治政府を藩閥政府という。この藩閥政府によって政治的利害が左右される政治が藩閥政治である。
1867年(慶応3)12月9日の〈王政復古の大号令〉によって成立した維新政府は,当初,皇族・公卿・雄藩大名や有力な藩士によって組織されたが,版籍奉還(1869)から廃藩置県(1871)にいたる過程で改革を重ねるにしたがい,薩長土肥の有能な藩士,つまり,大久保利通,西郷隆盛(ともに薩摩),木戸孝允,伊藤博文(ともに長州),板垣退助,後藤象二郎(ともに土佐),江藤新平,副島種臣,大隈重信(以上,肥前)らが主導権を握り,これに維新変革に参画した三条実美,岩倉具視らの公卿が調停的存在として例外的に加わった。これらの有力・有能な藩士を中心に郷党的,朋党的な派閥がつくられていくのだが,その背景には薩長土肥の各藩が維新遂行の有力大藩であったことが前提にあった。しかし,官僚機構がしだいに整えられていくと,藩単位の郷党的結合は,薩長土肥の枠の中では流動的な結合を示しはじめ,むしろ,官僚機構と結びついた少数の実力者中心の派閥の形成へと変化していった。大久保が,伊藤および大隈と連携して大久保政権を成立させたのはその一例である。このような藩閥体制は陸奥宗光(和歌山)をして,〈今や薩長に非らざれば,殆ど人間に非らざる者の如し〉とさえいわしめたのである。
明治6年10月の政変(1873)から明治14年の政変(1881)にいたる過程で,藩閥色は中央,地方ともに濃くなったが,この間,いわゆる征韓論の分裂や自由民権運動の展開と対応して,この藩閥色は薩長を中心に強められた。すなわち,木戸(1877),大久保(1878)の没後は,岩倉と結んだ伊藤および井上馨,山県有朋(ともに長州),西郷従道,黒田清隆,松方正義(以上,薩摩)らの薩長出身者によって政府は牛耳られ,自由民権運動はこれを〈有司専制〉と称して攻撃し,また,初期議会における民党も,この藩閥政府と対決しようとした。議会における民党の優勢に対し,藩閥政府は〈常に一定の方向を取り,超然として政党の外に立つ〉という,いわゆる超然主義を唱えた。しかし,1894-95年の日清戦争以後は,藩閥勢力も政党の役割を無視することができず,第2次伊藤内閣は,95年,公然と自由党と提携し,翌96年,第2次松方内閣には大隈が進歩党を率いて入閣し(松隈内閣),さらに98年にいたっては,大隈と板垣によるいわゆる隈板内閣が成立した。これらは藩閥とてももはや政党との妥協を余儀なくせざるをえない状況が現出しつつあったことを意味した。それは同時に,財閥・ブルジョアジーが台頭し,前記の状況を促進させていたことを物語っている。1900年,藩閥の中心的存在であった伊藤自身が,立憲政友会を組織したのは藩閥そのものの変容の証左といってよい。そのため薩長藩閥の首脳は元老となり,重要政策や組閣決定の際山県を中心に隠然たる形で勢力をもち,1918年の原敬政友会内閣の成立まで藩閥保持の努力は続けられた。
原内閣までの歴代首相の出身を延べ人数でみると,長州10,薩摩4,その他4で,長州が圧倒的である。首相名は伊藤,山県,桂太郎,寺内正毅(以上,長州),黒田,松方,山本権兵衛(以上,薩摩)で,その他は大隈と西園寺公望の各2回である。しかも,藩閥の根は深く,大正期の第1次・第2次護憲運動においても,〈閥族打破〉がスローガンに掲げられるほどであった。さらにまた,この薩長の藩閥は,軍部にあっては〈薩の海軍,長の陸軍〉といわれたように,薩長出身者が軍部の中枢を長く握り,藩閥政府とともに近代日本の政治を大きく左右した。
執筆者:田中 彰
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明治・大正期に行政官庁・枢密院・陸海軍・貴族院などで大きな力をもった,旧藩に由来する地縁的政治集団。狭義には長州・薩摩両藩出身の指導層をいう。土佐・肥前や公家・幕臣・御三家出身者を含めることもある。広義には他地域出身者を含めて中堅の一般官僚や指導者の個人派閥の構成員までを含む。はじめは薩長出身者の比率が高かったが,大久保利通・木戸孝允没後の再編や官僚の試験採用制などでその割合は低下し,明治後期の政官界では長州閥を中心にしだいに官僚閥(山県閥・山県系)へと移行し,政党容認派は伊藤系にまとまっていった。陸軍では長州閥,海軍では薩摩閥が昭和初期まで残り,政官財界でも薩摩閥が小型化した薩派が昭和期まで残っていた。
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