衛星海洋学(読み)えいせいかいようがく(その他表記)satellite oceanography

日本大百科全書(ニッポニカ) 「衛星海洋学」の意味・わかりやすい解説

衛星海洋学
えいせいかいようがく
satellite oceanography

人工衛星を利用して海洋観測・調査・研究を行う学問。宇宙開発技術の進展に伴って、1960年代なかば以降発展しつつある比較的新しい海洋学の一部門である。人工衛星による海洋観測は、その対象がおもに海面付近の現象に限られるが、船舶ブイを用いた観測に比べて、短時間のうちに広い海域の状況が把握できる長所があり、今後海洋学の多くの分野への応用が期待されている。

 人工衛星による海洋観測は、衛星の通信・測位機能を利用するものと、そのリモート・センシング機能を用いるものとに大別される。前者のなかで現在までのところ海洋学の進歩にもっとも貢献しているのは全地球測位システムGlobal Positioning System(GPS)である。これにより世界中どこの海域でも高精度(約100メートル以内)の測位が実現され、正確な海底地形の観測や、海中に係留された測器の回収などに不可欠なものとなっている。GPSは、地球表面から高さ約2万キロメートルの周回衛星を、経度差60度ごとの六つの軌道に4個ずつ打ち上げた計24個の衛星によって、地球上のあらゆる地点で、24時間位置を得ることができるシステムである。

 一方リモートセンシング機能の利用は、電磁波を利用して海面付近の状態を観測するもので、海面付近から自然に放射されている電磁波を人工衛星上で検知する受動型と、人工衛星から発射した電磁波の海面付近からの反射および散乱波を検知する能動型とがある。リモート・センシングに用いられる電磁波は、観測目的に応じて可視光線や赤外線からマイクロ波までの広範な波長帯に及んでいる。おもなセンサーとその観測目的は次のとおりである。

(1)可視放射計 海面の輝度や水色を観測し、海氷、植物色素、赤潮分布や、河川水の流入状況を把握する。

(2)赤外放射計 海面から水温の4乗に比例する強度の赤外線が自然に放射されているので、上空でその強度を測定し海面水温の分布状況を知る。一般に赤外線は大気中の水蒸気等により吸収減衰を受けるため、測定には「大気の窓」とよばれる特定の波長帯(通常10.5~12.5マイクロメートル帯)の赤外線が用いられるが、正確な水温値を得るためには、水蒸気量に対応する補正を欠くことができない。また雲域では雲頂温度に相当する強度の赤外線が放射されており、雲下の海面水温は観測できない。

(3)マイクロ波放射計 海面付近から自然放射されるマイクロ波の強度は、周波数によって海面温度、水蒸気、海氷、海上風などに依存することから、複数の波長帯のマイクロ波の強度を測定することにより、おのおのの分布状態を観測することができる。海面水温観測では、赤外放射計と比べ空間分解能が50キロメートル程度とやや低いが、雲下も観測できることが大きな利点である。日本では1997年に打ち上げられた熱帯降雨観測衛星TRMMに搭載され実用化されている。また、2002年12月には環境観測技術衛星みどりⅡに搭載、観測を始めた。しかし、2003年10月以降衛星との交信が途絶えている。

(4)マイクロ波散乱計 人工衛星から海面に向けて発射されたマイクロ波の後方散乱波を測定し海上風を観測する。風向を観測できるのが大きな利点である。マイクロ波放射計も海上風を観測するが、風向は観測できない。

(5)マイクロ波高度計 人工衛星から直下に向けて発射されたマイクロ波パルスが、海面から反射され衛星に帰ってくるまでの時間で、衛星と海面までの距離を測定する。同時にGPSや地上局からの測定などで得られる衛星の高さとの差で、海面高度がわかる。海洋内部の水温の高低に応じて海面高度も高低を生じ、海面高度の傾きに応じて海面付近の流れが生じる。海面高度は海面の情報であるが、海洋内部の状態を反映した物理量であることからその利用価値は高い。ヨーロッパ宇宙機関の地球観測衛星ERS(1991年~)や、アメリカ・フランス共同開発の高度計衛星TOPEX/POSEIDON(トペックスポセイドン)(1992年~)などにより、実用化が進んだ。

 このほか、合成開口レーダーを利用して、波浪や海氷を観測する試みも行われている。マイクロ波による海洋のリモート・センシングは、比較的その歴史が浅いが、センサーの改良とともに、リモート・センシングで取得される情報と実際の海洋現象との対応関係について解明が進んだことにより、実用化が始まっている。

[長坂昂一・倉賀野連]

『渡辺貫太郎著「海洋のリモートセンシング」(『海洋科学基礎講座4』所収・1977・東海大学出版会)』『杉森康宏著『海洋のリモートセンシング』(1982・共立出版)』『土屋清編著『リモートセンシング概論』(1990・朝倉書店)』『『観測衛星データ利用による海洋情報高度化システムの調査研究』(1996・日本水路協会)』『宇宙開発事業団地球観測推進部編・刊『海洋観測衛星1号利用成果報告書』(1997)』『『合成開口レーダを用いた海域情報解析技術の研究1~3』(1997~1999・日本水路協会)』『田口一夫・田畑雅洋著『海洋計測工学概論』改訂版(2001・成山堂書店)』『清水邦夫編著『地球環境データ――衛星リモートセンシング』(2002・共立出版)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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