海洋の現象や状態を調べるために行われる観測の総称。一般に海水の温度・塩分・密度・水色(すいしょく)・透明度・溶存酸素量・水素イオン濃度(pH)・栄養塩類などの水質、海流・波浪・潮汐(ちょうせき)などの海水の運動、稚魚・底生生物(ベントス)・プランクトンなどの海洋生物、さらには海底地形・地磁気・重力・地質などに関する測定や採集などを海洋観測とよんでいる。このほか、海上での気象観測も含めて海洋観測とよぶこともある。
[長坂昂一・石川孝一]
自然科学の発達とともに、学問的な要求から始まった海洋観測は、人類の社会経済活動が海洋にも広がり、海洋の利用開発が企てられるにつれて、その目的は拡張されてきた。一方、地球環境問題の重要性が増大するにつれ、地球環境の監視、海洋保全も海洋観測の目的として重要になってきた。以下におもな海洋観測の目的を示す。
(1)海洋の本質を理解し、そこに生起する諸現象を学究的に解明するため。海洋観測発足時からの基本的な目的である。
(2)海洋生物資源の持続的な利用を図るため。
(3)船舶の安全と効率的な運航に資するため。
(4)海洋環境の汚染状況の監視と汚染の防止のため。
(5)海洋鉱物・エネルギー資源の利用開発の促進のため。
(6)温度差発電等の再生可能な海洋エネルギー・資源の利用推進のため。
(7)高潮等の沿岸災害の防止のため。
(8)気象予報の精度向上のため。
(9)海況予報のためのデータ取得のため。
(10)地球温暖化等の地球環境の変動の監視のため。
[長坂昂一・石川孝一]
人類の海洋探究の歴史は非常に古く、太古の昔にまでさかのぼることができるが、科学的な海洋観測測器が発明される18世紀中ごろまでは、その対象はもっぱら地理的探検が中心であった。近代的な海洋観測が行われ始めたのは19世紀後半に入ってからで、なかでも、1872年から1876年にかけて実施されたイギリスのチャレンジャー号による史上初めての世界を一周する海洋観測は、近代海洋学の基礎となる数多くの知見を人類にもたらした。この航海はC・W・トムソンの指揮のもとに大西洋・太平洋・インド洋の6万8892海里(約12万7600キロメートル)にわたり、途中、深海測深492点、測温採水263点、採泥137点、プランクトン採集のためのトロール151点などの観測が行われた。観測の成果は、その後二十数年の年月を費やして、全部で50巻の報告に取りまとめられた。
この観測を契機に、各国で外洋域を対象とした大規模な海洋観測が盛んになり、その後、1950年代中ごろまで、このような1隻の観測船による広い海域を対象とした、どちらかといえば探検的色彩の強い海洋観測が数多く行われた。このうち、1893年のフラム号による海洋観測は、風と海流の関係など海洋物理に関する基本的な知見をもたらした。また、1925年から1927年にかけてのドイツのメテオール号による海洋観測は、13回にわたり大西洋を横断し、この間310点の採水測温観測を行うとともに、音響測深機による本格的な測深観測により、これまでにない正確な海底地形の把握が行われた。またこの観測は、その計画の周到さ、観測の正確さ、観測資料処理の適切さなどの点で、これまでの観測をしのぐ画期的なものであった。第二次世界大戦後、エレクトロニクスをはじめとする新しい技術が海洋観測に取り入れられ、迅速で効率的な観測が可能になり、それまでの探検的で定型的な観測と異なり、目的をはっきり絞った観測が計画されるようになった。
1950年代、大西洋の湾流の短期変動特性の解明を目ざした6隻の観測船と航空機による観測「オペレーション・キャボット」Operation Cabotは、新しい形式の海洋観測として有名である。その後、アメリカ、ソ連(ロシア)を中心にこの形の実験観測が数多く実施されている。1955年以降に行われた国際共同観測のおもなものに、ノルパック観測(NORPAC、北太平洋共同観測。1955年夏。アメリカ、カナダ、日本)、太平洋の赤道海域を対象としたエクワパック観測(EQUAPAC、赤道太平洋観測。1956年。アメリカ、フランス、日本)、世界的規模のIGY観測(国際地球観測年の観測。1957年)、黒潮流域を対象としたCSK観測(黒潮および隣接海域共同調査。1960年代中期から1970年代中期、日本をはじめ多くの国が参加)、西太平洋海域を対象として1979年に始まったウェストパック(WESTPAC、西太平洋共同調査。日本、アメリカ、ソ連、中国、オーストラリアをはじめ20か国が参加)、熱帯海洋と大気の相互作用の解明のためのトガ(TOGA、熱帯海洋・全球大気変動研究計画。1985年~1994年。これを契機に太平洋熱帯域に気象海洋観測ブイ網が展開された)、気候変動の予測のための海洋モデルの開発と、モデルの検証に必要なデータ収集を目的としたウォース(WOCE、世界海洋循環実験計画。1990年~2002年)などがある。また1970年代以降は人工衛星によるリモート・センシング(遠隔探査)技術が海洋観測に重要な役割を果たし始め、1990年代には実用段階に入ったといえる。2000年からは、国際協力により全世界の海洋に約3000個の中層フロート(自動的に浮き沈みして、海面から水深約2000メートルまでの水温・塩分を観測する筒状の観測機器。アルゴフロートともよばれる)を展開し、全世界の海洋の状況をリアルタイムで監視・把握するシステムを構築するアルゴ計画Argo Projectが進められている。
日本では、ほぼ1930年代から、沖合いの海域を対象とした系統的な海洋観測が、農林省水産試験場(現在の国立研究開発法人水産研究・教育機構)、海洋気象台(現在の気象庁神戸地方気象台)、海軍水路部(現在の海上保安庁海洋情報部)によって始められた。その後第二次世界大戦中の空白期を経て、1950年(昭和25)ごろから気象庁、海上保安庁、水産庁などにより、それぞれの行政目的を達成するために、日本近海や西太平洋を対象とした海洋観測が定期的に実施されている。また、東京大学大気海洋研究所などの大学、国立研究開発法人海洋研究開発機構などの機関でも海洋の学理的研究のための海洋観測が盛んに行われている。
[長坂昂一・石川孝一]
対象が非常に多方面にわたり、その方法も古典的なものから近年開発されたものまで、種々の手段が用いられている。
[長坂昂一・石川孝一]
海洋観測のもっとも基本的な手段であり、これまでの海洋に関する知見の多くが観測船の成果である。
[長坂昂一・石川孝一]
観測船による水温、塩分の観測は、CTD(電気伝導度水温水深計Conductivity-Temperature-Depth profiler)を使って行うのが一般的である。CTDは、センサーによって水温、圧力、電気伝導度を連続して測定するもので、通常、ワイヤケーブルによって水中部を海中につり下げ、リアルタイムに船上でデータ取得を行う。観測データの信号および水中部が必要とする電力は、ワイヤケーブルを通じてやりとりされる。塩分値は、水温、圧力、電気伝導度から計算して求める。CTDによる観測は、鉛直方向に均質な高分解能の水温、塩分データを得ることを可能にした。
海面から数百メートルの間の表層の水温分布を迅速に取得するためには、XBT(投下型自記水温水深計Expendable Bathythermograph)による観測がある。XBTは、先端にサーミスター(半導体デバイス)を埋め込んだ錘(おもり)を細いエナメル線に取り付けて、船から投下させて測定するものである。エナメル線は張力がかからないように繰り出され、錘は自由落下する。サーミスターの抵抗値がエナメル線を通じて船上に送られ、その温度変化から水温を計算する。深度は錘が着水してからの経過時間により求められる。15ノット以上で航走中の船舶からでも深さ500メートル程度までの水温分布が、わずか1分ぐらいの間に観測できることから、観測船だけではなく商船などの篤志観測船に搭載して定期航路上での観測にも用いられている。1990年代後半には、錘に電気伝導度センサーも取り付けたXCTD(投下型自記電気伝導度水温水深計Expendable Conductivity-Temperature-Depth profiler)が実用化され、手軽に水温、塩分の両方が測定できるようになった。
[長坂昂一・石川孝一]
海水中に存在する化学物質の濃度を測定するために、海水試料を適切な方法で採取する。CTDを使った観測の場合には、多数(通常12、24あるいは36本)の採水器を、CTDの水中部の回りに、取付け装置(マルチボトルサンプラー)により配置し、CTDとともに海中につり下げて海水試料を採取する。船上からワイヤケーブルを通じて採水器の蓋(ふた)をしめる電気指令を送る方式により、船上で水温と塩分を監視しながら任意の深度で採水することができる。海中の微量元素などの測定には、100~300リットルという大量の海水を一度に採水する大量採水器を、ワイヤに取り付けて海水試料を採取する。試水の多くは観測船上で化学分析されるが、一部は陸上での分析やプランクトン調査のために保管される。
プランクトンの観測のために、採水器による試水の採取のほかに、直径50センチメートル、長さ2メートル程度の円錐(えんすい)形をした目の細かい網(プランクトンネット)をワイヤの先端に取り付けて海中を引き、その採取を行う。
[長坂昂一・石川孝一]
観測船の多くには、表層海流計が装備されている。表層海流計は、主としてアメリカで研究が進められ、1970年代末に実用化されたADCP(超音波式ドップラー多層流速計Acoustic Doppler Current Profiler)を船底に取り付けて、航走しながら連続的に海面から数百メートルまでの海流観測を行う装置である。測定原理は、船底部に取り付けた送受波器から、一定時間幅で発射された超音波パルスが、海中のプランクトン・非生物粒子等の浮遊物や海水密度の不連続により反射されて、船底部の送受波器に戻ってくる。ドップラー効果による発射された超音波と戻ってきた超音波の振動数の差(ドップラーシフト)から、反射した層の船に対する流速を求める。航法装置等から求めた船の速度を差し引くことにより、その層の流速が求められる。
中深層の海流の観測に、内蔵記録式の流速計を係留する方法がある。係留系は、最下部に1トン近くのアンカーとその上部に音響式切離装置を置き、そこからロープにより流速計と多数のガラスブイを連結しながら上部に伸びた構造をしており、1~2年間の連続した海流観測が可能である。観測終了時には、観測船から音響式切離装置に超音波信号を送りアンカーを切り離すことにより、係留系を浮上させて、流速計を回収する。
[長坂昂一・石川孝一]
ブイ・システムは、係留ブイ、漂流ブイ、中層フロートに大きく分類できる。
[長坂昂一・石川孝一]
比較的大型のブイを海上に係留し、海上の気象や表層の水温、塩分、海流を観測し、人工衛星を経由してそのデータを陸上に伝送するものである。代表的なものに、エルニーニョ現象の監視のために、太平洋の赤道域に約70台係留されているタオ(TAO:Tropical Atmosphere Ocean)/トライトン(TRITON:Triangle Trans-Ocean buoy Network)ブイがある。
[長坂昂一・石川孝一]
海面付近の海流に追随するように海面下に抵抗体(ドローグ)が取り付けられた小型のブイ(直径1メートル未満)で、海面を漂流しながら、その位置を人工衛星を経由して陸上に伝送することにより、海面の海流を観測する。通常、水温センサーが装備されており、海面水温も観測する。また、海上気象要素(波浪、気圧)や塩分を観測できるタイプも実用化されている。
[長坂昂一・石川孝一]
自動的に浮き沈みする長さ約1メートル程度の筒状の観測機器で、あらかじめ設定した深度の層を漂流した後、海面に浮上し、その位置を人工衛星を経由して陸上に伝送し、ふたたび沈降して漂流するということを繰り返すことにより、中層の流れを観測するものである。1990年代後半になって、中層フロートに水温、塩分センサーが装備され、フロートが浮上するときに水温、塩分を測定し、海面に浮上した際に、そのデータを人工衛星を経由して伝送できるようになったことから、中層フロートを使ったリアルタイムな海面から2000メートル程度までの水温、塩分の観測ができるようになった。
[長坂昂一・石川孝一]
海面の水温、海流、波浪等を広範囲に、しかも短時間内に観測する新しい方法として、1970年代から実用化が急速に進んでいる。
[長坂昂一・石川孝一]
従来、海水の温度や塩分の観測は、直接海中に測定器を降下させてその測定が行われてきた。しかし1970年代後半から、海中の音波の伝播(でんぱ)特性が海水の温度や塩分分布に左右される性質を利用する海洋音波断層観測の実用化が進められている。これは、数百~数千キロメートルの距離を置いて音波の送・受波器を海中に定置して、音波伝播時間などのデータによってその間の平均的な海況特性を観測する方法である。1000キロメートル四方にそれぞれ3個から5個の送波器と受波器を、音速の鉛直分布が極小となる1000~1500メートルの深さに定置すれば、水平的には100キロメートル四方、鉛直的には500~4000メートルの間を3~5層に分けて、プラスマイナス0.1℃程度の精度で非常に広域の海中の水温分布が測定できるものと期待されている。また、音波の長距離伝播を利用しての地球温暖化による水温変化の検出を目ざした観測が取り組まれている。
[長坂昂一・石川孝一]
『P・K・ウェイル著、杉浦吉雄訳『海洋科学――海洋環境の展望』(1972・共立出版)』▽『柳哲雄著『海洋観測データの処理法』(1993・恒星社厚生閣)』▽『寺本俊彦編著『研究者たちの海』(1994・成山堂書店)』▽『磯崎一郎・鈴木靖著『波浪の解析と予報』(1999・東海大学出版会)』▽『気象庁編『海洋観測指針』(1999・気象業務支援センター)』▽『中井俊介著『海洋観測物語――その技術と変遷』(1999・成山堂書店)』▽『土木学会海岸工学委員会・研究現況レビュー小委員会編『陸上設置型レーダによる沿岸海洋観測』(2001・土木学会、丸善発売)』▽『柳哲雄著『海洋観測入門』(2002・恒星社厚生閣)』▽『饒村曜著『台風と闘った観測船』(2002・成山堂書店)』▽『福地章著『海洋気象講座』9訂版(2003・成山堂書店)』▽『関根義彦著『海洋物理学概論』4訂版(2003・成山堂書店)』▽『佐伯理郎著『エルニーニョ現象を学ぶ』改訂増補版(2003・成山堂書店)』▽『宇田道隆著『海』(岩波新書)』▽『西村三郎著『チャレンジャー号探検――近代海洋学の幕明け』(中公新書)』
海洋の状態の観察・測定をいう。その内容には,海流や波浪などの物理現象の観測,海水に溶けている塩分や酸素量などの化学量の観測,海中に生息する生物の観測,海底地質の観測,海洋気象の観測などが含まれる。測定法で分けると,実験室での分析・測定のための試料の採集sampling,受感部を海中に置いて電気的に計測する現場測定in situ measurement,電磁波や音波を用いる遠隔計測remote sensingがある。科学的な計測では追試できることが必須の条件で,これらの測定法の相互の比較較正が行われることはいうまでもない。測器を搭載するプラットフォームとして,観測塔,観測船,潜水調査船,航空機,人工衛星,そして漂流ブイや係留ブイなどのブイシステムが使われる。大別して,観測塔や係留ブイのように,ある地点のデータを長期にわたって集めるものと,観測船や潜水調査船などのように通常広い範囲の瞬間のデータを集めるものとがある。以下で各プラットフォームごとにそこで行う海洋観測を紹介する。
(1)海洋観測塔 沿岸に建設される施設で,海底に固定されるので波浪や津波,潮汐の計測に有利である。電源は陸上から供給され,測定データは陸上の施設に送り処理される。各種の現場測定が行われる。
(2)海洋観測船 海洋の調査分析を行う施設をもち,自由に移動できるため海洋観測のもっとも重要なプラットフォームとなっている。各種の採水器,採泥器,ネットによる採集や,GEK,BT(バシサーモグラフ),CTDによる流向流速,水温,塩分,溶存酸素などの現場測定,音波を利用した海底下の構造の遠隔測定(音波探査)を行う。海洋の調査を行う場合,船舶の位置決定が重要である。このため,人工衛星航法装置やロランなどの電波航法装置等の精度の高い位置決定装置をもち,外洋上でも数十mの精度で決定できる。対水速度を積分し航行した距離を求め,船の速度,位置と比較すれば,船がどの方向にどれだけ流されたのかが求められ,海流が評価できる。ブイシステムの設置,回収などのほか,レーダーを用いて漂流ブイを,また音響測距によって海中の中立ブイやドロップゾンデを追跡して海流を測定する。1927年に建造された春風丸(125トン,神戸海洋気象台)が日本の最初の海洋観測船で,現在は各機関に所属する多数の観測船がある。1隻の観測船には30~100人の船員,研究員が乗船している。船の長さに比べると水深は10~100倍と大きいために,2本以上のワイヤによる同時観測ができず,移動速度は毎時20kmと小さいなどのため,観測船による海洋観測は多大の人力,時間,費用を要する。
(3)潜水調査船 簡単な潜水器具で海中を観察することは古くから行われていた。第2次大戦後,バチスカーフなどの観測を目的とした調査船が造られた。現在ではさまざまな観測機器をもち,試料の採集装置をもつさまざまな潜水調査船が使用されている。観測船からの採集では,得られた試料が観測点をどの程度代表しているかを確かめることは困難である。潜水調査船から観察しながら試料を採集したり計測することは非常に効果的であり,たとえば深海底の海嶺における熱水活動を観察したり,動物の飼育実験を行うことなども可能となっている。有人の潜水調査船のほか,船上からテレビ画面を見ながら遠隔操作を行う無人潜水探査機も使用される。
(4)航空機 電磁波を利用する各種の遠隔計測や受感部を投下するAXBTなど現場測定を行う。日本ではまだ十分に活用されていないため,衛星海洋学の測器開発などが遅れている。
(5)人工衛星 海洋を観測するための専用の人工衛星(海洋観測衛星)のほか,気象衛星などが海洋の観測装置をもつ。電磁波を利用した遠隔計測によって,海面温度,海上風,波浪,海面高度,海色などを観測する。海面の漂流ブイの追跡やブイロボットによる現場測定の資料の収集に利用する。広域の海洋を同時に観測できることが特徴である。遠隔計測の結果を直接測定で確かめることが重要で,しばしばシートルースsea truthと呼ばれる。
→海洋観測衛星
(6)ブイ 海洋観測機器を装備したブイで,船舶などで運ばれ,調査海域に設置される。測定データは無線によるか,ブイを回収して得る。海底に錨を置き定点の観測を行う係留ブイと,海流に流されながら観測を行う漂流ブイがある。係留ブイの一種であるブイロボットは海面に浮体があり,海上気象を観測し,水面下の流向,流速,水温を測定する。海面上の浮体は暴風や波浪,船舶の通航や漁業操業などによって損傷する危険が高いため,水面下の流速や水温,海底上の水圧変動,地磁気,地震などを測定するときは,浮体も含めて全体を水面下に置くことが多い。水面下係留のブイシステムは,音響信号でおもりや錨を切り離す装置(音響切離装置)を作動させ浮上させて回収する。漂流ブイも海面に浮体を置くものと水中ブイがある。前者は電波を用いて人工衛星や船舶で追跡し,後者は音波を用いて追跡する。現場測定用だけでなく,沈降粒子などの採集用のブイシステムも活用されている。
海洋観測の特徴の一つは音波(超音波を含む)を活用することである。地上や宇宙では有力な電磁波は,海中では減衰が激しくほとんど使用されていない。このため海中では音波が使用される。音波を放射し目標物に反射してもどってくるまでの時間から距離を求める音響測深,物体の放射する音波を位置の定まった3地点以上で観測し物体の位置を求める方法,逆に位置の定まった3地点以上の音源(トランスポンダー)からの音を受け,自分の位置を決定する方法,音波を使って通信を行う水中電話などが使用されている。音波の減衰は高周波数ほど激しい。一方,高周波数の音波ほど時空間の分解能が高くなる。10kHzの音波は数十kmも到達できるので,測深器や音響切離装置,潜水調査船の位置決定のトランスポンダーに利用する。海水と密度を等しくした中立ブイや,ゆるやかに沈降するドロップゾンデの追跡もこの周波数を用いる。魚群や漁網の観察は数百kHzまでの音波を用いる。数MHzの音波は浮遊粒子に散乱されるので,運動している粒子によるドップラー効果を検出し,流速を求めるドップラー流速計に用いる。
海中の音速は温度と圧力で決まるが,深さ1000mの付近に音速極小層がある。音波はこの層に入射すると平面的に広がるために減衰が小さくなり遠方まで伝搬する。このため数百Hzの音波を数千kmまで追跡でき,音波を数地点で受信することで,かなり距離の離れた音源の位置を測定できる。この技術をソーファーsofar (sound fixing and ranging)といい,第2次大戦中にアメリカ軍によって救難のために使用された。ソーファーブイは,200Hzの音波を発信しながら漂流するブイを係留した3点以上の受信局で追跡するもので,1000kmの範囲の中層の海流測定に用いられる。低周波の音波の遠距離伝搬は,海面と海底の間を屈折したり,ソーファーチャンネルを通ったり,いくつもの経路がある。数百kmの間で20以上の経路が観測される。それぞれの経路の所要時間は,送受波器の間の音速分布によって決まる。音波の到達時間を計測して,逆に途中の音速場の変動を評価するのが海洋音響トモグラフィーである。300km四方の海域での実験が1981年に大西洋で行われている。海底に設置し音波が海面で反射されてもどるまでの時間により波高の変化を求める音波波高計は,水深が大きくなると音速の変化の影響を受ける。これを利用して暖水塊や冷水塊の移動を検出するのがIES(inverted echo sounder)で,日本でも開発が進められている。
執筆者:平 啓介
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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