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裴世清 はいせいせいPei Shi-qing

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

裴世清
はいせいせい
Pei Shi-qing

隋の煬帝使者推古 16 (608) 年6月第1回遣隋使小野妹子帰国に伴われて来朝。日本の威信を示すために難波鴻臚館に盛大に迎えられ,隋の国書進物朝廷に届けた。同年9月第2回遣隋使とともに帰国。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

裴世清 はい-せいせい

?-? 隋(ずい)(中国)の官僚。
推古天皇16年(608)遣隋使小野妹子(おのの-いもこ)をおくって大使として来日。朝廷に隋の煬帝(ようだい)の国書を提出。同年再度遣隋使となった妹子らと帰国した。

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朝日日本歴史人物事典の解説

裴世清

生年:生没年不詳
遣隋使小野妹子を送って隋から日本に派遣された中国人使者。名門裴氏の出身で隋,唐に仕えた。推古天皇16(608)年4月に小野妹子らと百済経由で筑紫(福岡県)に到着。6月に難波津(大阪市)に至り,新造の客館に宿泊。8月に威容を整えた迎接を受けて飛鳥(奈良県明日香村)に入り,小墾田宮において群臣が列席するなか,「皇帝問倭皇」で始まる皇帝煬帝からの国書を言上。このときは秘書省文林郎(学芸文筆の名誉職),鴻臚寺掌客(対外折衝の実務官)だった。小墾田宮や難波において饗を受け9月に帰国。小野妹子が再度同行し,留学生や僧ら8名を伴った。帰国後,唐王朝において対外関係の政務を監査する主客郎中,さらに江州(江西省九江市)を治める長官である江州刺史となった。帰国に伴って留学した高向玄理,南淵請安,僧旻らは,隋末唐初の動乱の中において,有形無形の庇護を世清から受けたと考えられる。<参考文献>池田温「裴世清と高表仁」(『日本歴史』280号)

(平野卓治)

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世界大百科事典 第2版の解説

はいせいせい【裴世清 Péi Shì qīng】

中国,隋の官僚。生没年不詳。唐の太宗の諱(いみな)である世民の一字〈世〉を避けて裴清とも記される。隋の鴻臚寺掌客,文林郎であったが,608年(推古16∥隋の大業4)日本の遣隋使小野妹子らを送り,遍光高らとともに答礼のための隋使として渡来。百済経由で筑紫・難波を通って8月,飛鳥の小墾田宮に至り,倭王(推古天皇か)に見(まみ)え国書と産物をもたらした。9月帰国。このとき再び遣隋使となった小野妹子や留学生高向玄理,留学僧日文(旻(みん)),南淵請安らが同行した。

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大辞林 第三版の解説

はいせいせい【裴世清】

中国、隋の官人。608年遣隋使小野妹子おののいもこらの帰国のとき、隋使として来日。朝廷に国書を提出。同年、再び遣隋使となった妹子らとともに隋に帰った。生没年未詳。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

裴世清
はいせいせい

生没年不詳。6世紀前半の隋(ずい)の官人。607年(推古天皇15)に推古(すいこ)天皇が派遣した遣隋使に対して隋の煬帝(ようだい)が日本に遣わした返答使(へんとうし)。裴氏は六朝(りくちょう)時代以来の名族で、世清は来日時には文林郎(ぶんりんろう)(秘書省の属官)・鴻臚寺掌客(こうろじしょうきゃく)(外国使節の接待係)の職にあった。『日本書紀』によると、裴世清一行は、遣隋使小野妹子(おののいもこ)らとともに、608年4月に筑紫(つくし)に到着、6月難波津(なにわづ)に入る際には飾船(かざりぶね)30艘(そう)の歓待を受け、8月に飾騎(かざりうま)75匹に迎えられて入京し、朝廷に招かれて煬帝からの親書を推古天皇に伝えた。9月には帰国の途につくが、送使に小野妹子が命ぜられ、あわせて高向玄理(たかむこのくろまろ)、南淵請安(みなぶちのしょうあん)、僧旻(みん)などの留学生が同行した。裴世清来日の記事は『隋書』にも詳しい。[菊地照夫]

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世界大百科事典内の裴世清の言及

【遣隋使】より

…607年(推古15,大業3),小野妹子(いもこ)・鞍作福利(くらつくりのふくり)らをつかわしたことが《日本書紀》にみえ,これと対応する有名な〈日出処の天子書を日没する処の天子に致す〉の国書をたずさえて行き煬帝の不興を買ったことが《隋書》に見える。妹子は翌年隋使裴世清(はいせいせい)らを伴って帰国したが,隋の国書を途中で紛失している。彼の国書の内容が,太子の期待した対等の外交関係とは遠いものであったからであろうといわれている。…

※「裴世清」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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