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鴻臚館 こうろかん

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

鴻臚館
こうろかん

律令時代,外国の使節を接待した館。推古朝の難波館,持統朝の筑紫館に由来するといわれる。京都 (七条朱雀の東西) ,難波,大宰府 (福岡市中央区の福岡城址) にあった。京都の鴻臚館は渤海国使の接待用で,10世紀なかば同国の滅亡により廃絶。

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デジタル大辞泉の解説

こうろ‐かん〔‐クワン〕【××臚館】

奈良・平安時代外国使節接待のための施設。難波(なにわ)太宰府京都などに置かれた。

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百科事典マイペディアの解説

鴻臚館【こうろかん】

日本古代の国立迎賓館(げいひんかん)。唐の外務省に当たる鴻臚寺の迎賓館を模倣。大宰府(だざいふ),難波(なにわ)平安京に設置されたが,難波のものは早くに消滅。

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防府市歴史用語集の解説

鴻臚館

 平安時代に平安京[へいあんきょう]と博多にあった、外国からの使節を接待する施設のことです。博多にあった鴻臚館は、昔、平和台球場があった場所にありました。難波にも同じような施設があったと言われています。

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世界大百科事典 第2版の解説

こうろかん【鴻臚館】

古代において外国使節を迎接するための館舎。大宰府,大和宮都の外港である難波,および平安京に置かれたが,難波の鴻臚館は844年(承和11)摂津国府に転用され,早くに消滅した。また大宰府の鴻臚館には兵馬,甲冑を置き,防御の役割も負わせている。平安京の鴻臚館は,はじめ羅城門の両脇に設けられたが,弘仁年間(810‐824),東・西両寺の造営に際してその寺地にあてられ,七条に移されたと伝える。815年(弘仁6)3月,客館に疾病者が寄宿し,死骸が遺棄されているとして,弾正台と京職に取締りを命じているが,これは初期の鴻臚館のことであろうか。

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大辞林 第三版の解説

こうろかん【鴻臚館】

七~一一世紀頃、京都・太宰府・難波なにわ・博多に置かれ、外国からの来朝者を接待した館舎。鴻臚。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

鴻臚館
こうろかん

日本の古代における外国使節の宿泊、接待などのための施設。外交上の要地である大宰府(だざいふ)、難波(なにわ)および都に置かれた。初め客館(むろつみ)といい、平安時代になると唐風に鴻臚館とも称されるようになった。平安京では朱雀大路(すざくおおじ)を挟んで、七条大路以北に各2町四方の敷地をもつ東西両鴻臚館が置かれた。また大宰府と難波の鴻臚館は、それぞれ現在の福岡市の旧福岡城内、大阪市の上町(うえまち)台地付近にあったと推測されている。なお、9世紀以降、外国使節の来日が少なくなると、大宰府の鴻臚館は来日する民間商人のための施設となり、難波では摂津国府に代用され、平安京の鴻臚館もしだいに荒廃していった。[石井正敏]

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世界大百科事典内の鴻臚館の言及

【水運】より

…奈良時代までは,大阪市の上町(うえまち)台地西方にあった難波津(なにわづ)がもっとも重要な港湾であり,遣唐使の出帆港であり,また外国からの使節もここに到着した。大宰府の外港は娜大津(なのおおつ)(那津(なのつ))であり,付近には蕃客を接待する鴻臚館(こうろかん)(筑紫館)が設営された。瀬戸内海の航路の推定は《万葉集》にみえる遣新羅使によまれた港津地を結ぶことによって手がかりとすることができる。…

【博多】より

…当初は大宰博多津として,大宰府の外港的役割をはたした。ここに筑紫館(つくしのむろつみ)と呼ばれる外国使節接待のための迎賓館が置かれ,のちに鴻臚館(こうろかん)と称された。鴻臚館は外国使節,渡来人の饗応をつかさどり,遣唐使,入唐僧の宿舎にあてられた。…

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