最新 心理学事典 「認知的ニッチ構築」の解説
にんちてきニッチこうちく
認知的ニッチ構築
cognitive niche construction
寿命が短く多産の生物は,多くの子孫をもうけ,その一部が生き残ることを期待する。寿命が長く出生率が低い生物は,個体の適応によって同様の結果を得ようとする。したがって,個体の行動の変化,適応的行動が形態その他の変化に先行する。そして,適応的行動を制御する器官である脳を増大させてきた。脳の増大は高い代謝を伴うが,霊長類とりわけヒトにとってそれは適応的であったと考えられる。
道具の使用は認知的ニッチ構築の代表例である。カラスやチンパンジーなどが道具を使用する例はあるが,限定的なものである。ニホンザルは自然では道具を使用しないが,訓練により道具使用が可能となり,手が届かない場所にある餌を,熊手を用いて引き寄せることができるようになる。このとき熊手は手の延長となり,手が届く範囲を受容野としていたニューロンが,手に持った道具が届く範囲までを受容野に拡大する。身体像を表象しているニホンザルの頭頂間溝のニューロンは,訓練により,道具をそれを持っている手と同様に表象するようになるのである。この機能的可塑性は身体の成長に対応するシステムを援用していると考えられる。さらに,その機能変化,学習に伴い下頭頂皮質の増大が見られる。ニホンザルの道具使用は,身体の延長,運動の道具でしかないが,ヒトには感覚器の延長(望遠鏡など),さらには文書やテープレコーダーのように記憶を増補する道具もある。しかし,道具使用の獲得とそれに伴う神経細胞の変化をとらえることができたことは,ヒト特有と考えられる知性の獲得を実験的に検証できる可能性を示している。
情報を伝達,交換するための言語もヒトの特異的形質である。ただしピンカーPinker,S.(2010)は,自然選択によりヒトは認知的ニッチを占めるに至ったのであり,積極的に構築したのではないと考える。また,因果関係の推論と社会性,そして言語は共進化したもので,推論が直感的理論を形成し,それにより情報を共有する社会性とそのための文法が生き残ったとしており,この論拠として言語障害にかかわる遺伝子が種間で異なる形質をもっていることなどを挙げている。
〔橋本 照男・入來 篤史〕
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