調和積分(読み)ちょうわせきぶん(英語表記)harmonic integral

改訂新版 世界大百科事典 「調和積分」の意味・わかりやすい解説

調和積分 (ちょうわせきぶん)
harmonic integral

2変数の調和関数fxy)の示す行動は一見明らかだが,その実不可解な行動の一つに,全平面調和関数定数しかないという性質がある。これが実はどのような原因によっているのかを幾何学的な立場からまず明らかにしようとするものが調和積分論の起りであった。いちおうその理論が完成された現在では,さらにそれを幾何学的な性質と代数幾何学微分幾何学的性質との間の懸橋として利用し,一方から他方を見渡すというタイプの数学研究が行われている。したがって現在調和積分論といえばこの分野を指している。2変数の関数fxy)が調和であるとは,ラプラシアンΔ=∂2/∂x2+∂2/∂y2に対して,Δf=0が成立する,すなわち,Δffxxfyy=0となることである。しかし,ちょうど氷山一角を眺めるように,これだけをみていたのでは調和関数のなぞの真の原因はとらえられない。そこで,調和性を一般に微分形式にまで拡張することが行われた。そのためには,関数に対して定義されていたラプラシアンを微分形式にも働くように改造しなければならない。この改造は,リーマン計量をもつ多様体の上の微分形式に対してなされラプラス=ベルトラミ作用素の名で知られている。これは,微分形式ならいつでも定められる外微分作用素dと,リーマン計量が多様体の各点に定める微小単位体積に対する,いわば,余りをとるという形で得られる作用素*とを組み合わせて得られるもので,符号を省略して書くと,Δ=*dddd*の形で表される。ここで余りをとるとは,例えば三次元空間xyzでいえば,xy方向の単位面積に対してz方向の単位長さ,またx方向の単位長さに対してはyz方向の単位面積を考えるような対応である。これによって,リーマン多様体上の微分形式に対してラプラシアンが拡張されてラプラス=ベルトラミ作用素Δが得られるが,実は,多様体がコンパクトでよいときにまで,Δw=0となる微分形式wを調和と呼んでしまうと,少々つごうが悪いことが起こるために,まったく一般には,調和な微分形式はそれより強くdw=0,かつdw=0なるものと定義されている。しかし,コンパクト多様体については,この二つの式と,Δw=0とが同じ意味をもつことがわかっているので,この場合は調和形式は関数の場合と見かけは同じ式で定義される。さて,微分形式はちょうどその次数に見合う次元の部分空間上で積分することが可能であり,とくに,微分形式wが閉形式dw=0である(したがって調和形式は閉である)ときには,その積分値は,部分空間のホモロジー的位置によってのみ支配されている。この辺の事情を明らかにするのがド・ラムG.W.de Rham(1903- )の定理であるが,ホモロジー類に比べて閉微分形式の数は圧倒的に多いので,一つのホモロジー類が,いわば,支配している閉微分形式の数は多すぎ,これがド・ラムの定理の応用における一つの難点でもあった。これを救い,同時に冒頭にあげたなぞを解くのが調和形式の導入である。すなわち,被積分形式を調和形式にかぎればホモロジーとの支配関係が,いわば,1対1に整理されるのである。したがって平面のようにホモロジーがほとんどないような場合には,調和形式もほとんどなくなってしまうという現象もこれから説明されるのである。
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ) 「調和積分」の意味・わかりやすい解説

調和積分
ちょうわせきぶん

関数論における微分とその積分関数の理論とを一つのモデルとしておこった微分多様体上の調和形式の理論をいう。x、yの関数に働く作用素
  Δ=∂2/∂x2+∂2/∂y2
をラプラシアンといい、Δf=0を満たす関数fを調和関数とよぶ。この作用素は一般化され、リーマン計量をもつn次元微分多様体(リーマン多様体)でもラプラシアンΔが定義できる。この場合、Δは関数のみならずp(0≦p≦n)次微分形式にも作用し、微分形式uはΔu=0を満たすとき調和形式とよばれる。調和形式の重要性は、この形式の考案者であるイギリスのホッジSir William Vallance Douglas Hodge(1903―1975)による次の定理にある。「完閉、可符号n次元リーマン多様体について、線形独立なp次調和形式の最大数はこの多様体のp次元ベッチ数に等しい。」この定理は、多様体の微分構造に関係する性質である調和形式と、多様体の位相構造だけで決まる量であるベッチ数とを結び付けた、という意味でとくに重要である。多様体の微分構造と位相構造との関係を調べる研究は微分トポロジーとよばれ、現在活発に研究が進められているが、調和積分論はその一つの端緒を開いたということができる。

[立花俊一]

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