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賀茂別雷命 カモワケイカズチノミコト

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デジタル大辞泉の解説

かもわけいかずち‐の‐みこと〔かもわけいかづち‐〕【賀茂別雷命】

京都市北区上賀茂賀茂別雷(かもわけいかずち)神社の祭神。山城国風土記によれば、母は賀茂建角身命(かもたけつのみのみこと)の娘、玉依姫(たまよりひめ)で、瀬見の小川で、流れてきた丹塗(にぬり)の矢に感じて生まれた神という。賀茂別雷神。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

賀茂別雷命 かもわけいかずちのみこと

京都賀茂別雷神社(上賀茂神社)の祭神。
「山城国風土記」逸文によれば,川上からながれてきた丹塗(にぬり)の矢(乙訓座火雷神(おとくににますほのいかずちのかみ)の依代(よりしろ))をひろって身ごもった玉依日売(たまよりひめ)から生まれた神。成人式の祝宴の席から屋根をやぶって昇天し,父神のもとへいき,外祖父賀茂建角身命(かもたけつぬみのみこと)の名にちなんで賀茂の名を冠されたという。

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朝日日本歴史人物事典の解説

賀茂別雷命

京都市北区上賀茂本山の賀茂別雷神社(通称上賀茂神社)の祭神。『山城国風土記』逸文の記す賀茂伝説によれば,玉依日売が石川の瀬見の小川で遊んでいると,赤く塗った矢(丹塗矢)が川上から流れてきた。これを拾って床の近くに置いたところ,懐妊して男子を生んだ。その子が成人すると,玉依日売の父賀茂建角身命は大きな建物を造り,中で七日七夜の宴を催してその子に「父と思う人に酒を飲ませよ」といった。子が酒杯を天に捧げようとして屋根の甍を破り,天に昇ったことから,父親は雷神であることが判明し,子は,外祖父である賀茂建角身命の名にちなんで賀茂別雷命と名付けられた。丹塗矢は,山代(背)の乙訓神社(長岡京市の角宮)に座す火雷神の変じた姿であったという。賀茂一族の神。賀茂別雷神社は,弘仁1(810)年斎院をおき,朝廷の祭祀を行う社として大きな尊崇を受けるようになる。現在では,葵祭,御棚会,夏越祓,相撲神事などが祭礼として行われている。

(寺田恵子)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

賀茂別雷命
かもわけいかずちのみこと

上賀茂神社の祭神。賀茂建角身命(かもたけつのみのみこと)の娘玉依日売(たまよりひめ)が賀茂川の上流で川遊びをしていたとき、丹塗矢(にぬりや)が流れて来たので日売(ひめ)はこれをとって床(とこ)に置き、孕(はら)んで男児を生んだ。これが賀茂別雷命である。丹塗矢は神の依代(よりしろ)であり、同種の伝承は大物主神(おおものぬしのかみ)と勢夜陀多良比売(せやだたらひめ)の神婚(神武(じんむ)記)にもみえ、上流の神が下流の女を妻問(つまど)い、神の子が誕生するという神話である。丹塗矢の神は、『山城国風土記(やましろのくにふどき)』逸文では乙訓坐火雷神(おとくににますほいかずちのかみ)、『秦氏本系帳(はたしほんけいちょう)』では松尾神社の神とされているが、これは賀茂信仰の展開のなかで、火雷神や松尾の神の信仰と融合した結果であり、原形は大宮森に鎮座する賀茂県主(かものあがたぬし)の祖、賀茂建角身命であった可能性が高く、下鴨(しもがも)社で行われる矢取神事(やとりのしんじ)はこの神話と補完の関係をもつ。成長した賀茂別雷命は、神々の七日七夜の集宴に、父なる神を求めて酒を捧(ささ)げることを命ぜられ、屋根を破って昇天したという。子が父神に酒を捧げる話は『播磨(はりま)国風土記』にもみえ、雷神が屋根を破って昇天しようとする話は『常陸(ひたち)国風土記』の時臥山(くれふしやま)の伝承にみえる。『年中行事秘抄』には、御子(みこ)を慕う母神に対し、御子神が夢に「奥山の賢木(さかき)を採り阿礼(あれ)を立て種々の糸色を悉(つく)して待て――」と教え、これに従って祀(まつ)ったとある。これが上賀茂社の御子出現の御阿礼(みあれ)の神事で、葵(あおい)を用いるこの祭りを葵祭というのも、この教えによる。また、賀茂社の信仰は平安京遷都後とくに重視され、嵯峨(さが)天皇から後鳥羽(ごとば)天皇の時代には、皇女の斎院奉仕も行われていた。[吉井 巖]

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