コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

賀茂建角身命/鴨建角身命 カモタケツノミノミコト

6件 の用語解説(賀茂建角身命/鴨建角身命の意味・用語解説を検索)

デジタル大辞泉の解説

かもたけつのみ‐の‐みこと【賀茂建角身命/鴨建角身命】

京都市、賀茂御祖(かもみおや)神社の祭神。賀茂別雷命(かもわけいかずちのみこと)外祖父。その娘玉依姫命(たまよりひめのみこと)とともに祭られる。神武東征の際、八咫烏(やたがらす)に姿を変え、天皇を導いたという。かもたけつぬみのみこと。

出典|小学館 この辞書の凡例を見る
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

賀茂建角身命 かもたけつぬみのみこと

京都賀茂御祖(かもみおや)神社(下鴨神社)の祭神。
「山城国風土記」逸文によれば,日向(ひゅうが)の曾の峰に天くだり,神武天皇東征の折に,その先導をつとめる。大和,山城をへて,賀茂川上流の久我の国の北の山基に到着。伊可古夜日売(いかこやひめ)をめとって,玉依日売(たまよりひめ)をもうけたという。賀茂県主(かものあがたぬし)の祖とされる。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

賀茂建角身命

京都市左京区下鴨の賀茂御祖神社(通称下鴨神社)の祭神。賀茂氏族の祖神。賀茂の勇猛な神の意。鴨武津身命(『新撰姓氏録』),鴨積命(『先代旧事本紀』)とも。天から日向の曾の峰に降り,神武天皇の先導をしたのち,葛木山(葛城山。奈良県と大阪府の境)から各地を遍歴して賀茂川上流の地にとどまった。丹波国(兵庫県,京都府)の神伊可古夜日女を娶って,玉依日子,玉依日売をなす。火雷神がこの玉依日売に通じて生まれた子が賀茂別雷命である(『山城国風土記』逸文)。本来,賀茂の神としては,この玉依日売母子が信仰されたものらしく,建角身命は,系譜の発展に伴って付加された存在と考えられる。下鴨神社は,ほかに玉依ヒメを祭り,寄進記事などから,賀茂別雷命を祭る上賀茂神社(京都市北区)より新しいことがわかる。

(寺田恵子)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典 第2版の解説

かもたけつのみのみこと【賀茂建角身命】

賀茂御祖(かもみおや)神社(下鴨社)の祭神で賀茂県主(あがたぬし)家の祖とされる。〈賀茂の猛々しい者〉という意。賀茂伝説によると,神武東征の先導を務めたあと賀茂川を上り,〈久我の国の北〉の山麓に居して,玉依姫(比売)(たまよりひめ),玉依日子(たまよりひこ)を生んだという。賀茂信仰の中心は本来このタマヨリヒメ母子の信仰にあり,タケツノミは男系の系譜意識の発達に伴い,姫神の父として説話的に加えられたのである。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

大辞林 第三版の解説

かもたけつのみのみこと【賀茂建角身命】

「山城国風土記」逸文に見える神。神皇産霊尊かみむすびのみことの孫。神武東征の際に、先導した。

出典|三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

賀茂建角身命
かもたけつのみのみこと

『山城国風土記(やましろのくにふどき)』逸文および『新撰姓氏録(しんせんしょうじろく)』にみえる、山城(京都)の賀茂県主(かものあがたぬし)(上賀茂(かみがも)・下鴨(しもがも)社を祀(まつ)る氏族)の始祖。『山城国風土記』によれば、日向(ひむか)の曽(そ)の峯(みね)に天降(あまくだ)り、神武(じんむ)天皇の先導となって大和(やまと)の葛城(かつらぎ)山に宿り、のちに山城の岡田の賀茂(京都府木津川(きづがわ)市加茂町(かもちょう)地区)から川沿いに賀茂川に至り、上流を遠望して「石川の瀬見(せみ)の小川」と名づけ、大宮森(上賀茂社の西方)に鎮座したという。葛城の賀茂朝臣(かものあそみ)とこの山城の賀茂県主とを同系とする資料は何もなく、したがって、遠望の条を除きこれらの伝承は、始祖を天孫降臨や神武伝承に結び付けようとした作為の結果にすぎない。また、『新撰姓氏録』にある神武天皇の大和入りに際し、熊野(くまの)山中を大烏(おおがらす)に化して先導したという話も同様で、わが国にまれなトーテミズムと考えることにも疑問がある。風土記の賀茂社縁起では、玉依日売(たまよりひめ)(下社の祭神)を生み、賀茂別雷(かもわけいかずち)神(上社の祭神)の外祖父となったと説くが、原伝承では、丹塗矢(にぬりや)となって流れ寄り玉依日売と婚した神は、この始祖であった可能性が高い。[吉井 巖]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典内の賀茂建角身命/鴨建角身命の言及

【賀茂伝説】より

…《釈日本紀》所引の《山城国風土記》逸文にみえる賀茂神社の縁起譚。山城の賀茂建角身(かもたけつのみ)命には,玉依日子(たまよりひこ),玉依姫(比売)(たまよりひめ)の2子があった。タマヨリヒメが瀬見(せみ)の小川(賀茂川の異称)のほとりに遊ぶとき丹塗矢(にぬりや)が川上より流れ下り,これを取って床の辺に挿し置くうちについにはらんで男子を産んだ。…

※「賀茂建角身命/鴨建角身命」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

賀茂建角身命/鴨建角身命の関連キーワード賀茂神社鴨祐之賀茂御祖神社下鴨下鴨神社黒谷糺の神糺の森玉依日売糺森

今日のキーワード

日本政策投資銀行

1999年に日本開発銀行と北海道東北開発公庫を統合し、発足した政府系総合政策金融機関。一般の金融機関が行なう金融などを補完・奨励し、長期資金の供給などを行ない、日本の経済社会政策に金融上で寄与していく...

続きを読む

コトバンク for iPhone