日本大百科全書(ニッポニカ) 「超高層大気」の意味・わかりやすい解説
超高層大気
ちょうこうそうたいき
upper atmosphere
地球大気のもっとも高いところ、おおよそ高度70~90キロメートルから3万キロメートルあたりまでの領域に対する用語。大気の成層構造からみると、熱圏と外圏がこれに含まれる。一方、超高層大気の大きな特徴の一つに電離度が高いことがあり、そのことに着目すると、電離圏、プラズマ圏、磁気圏といった諸領域に分けられる。超高層大気は、電離圏の電波伝搬が長距離無線通信に利用され、ロケットや人工衛星が飛び交う領域であることから、われわれ人間生活に身近な存在となっている。
気圧は高度の上昇につれて減っていく。したがって超高層大気はきわめて低圧で、その底にあたる高度90キロメートルでも10分の1パスカル(100万分の1気圧)ほどである。高度500キロメートルになると、気圧は10万分の1パスカル(100億分の1気圧)以下、1立方メートル当りの大気分子の数は100兆個以下であるから、普通なら高真空とよべる状態である。
[小川利紘]
超高層大気の構造
超高層大気は希薄であるが、太陽からのX線やエネルギーの高い極紫外線(極紫外光)をすべて吸収するのに十分な厚さをもっている。吸収されたエネルギーは大気を加熱する。超高層大気は、密度が低いうえ、熱放射冷却が小さいので、高温状態となる。このため、最低気温のみられる高度90キロメートル付近を超えて熱圏に入ると、気温は高さとともに急増する。高度350~500キロメートルになると、気温は高さによらずほぼ一定となるが、この値は太陽極紫外線の強さによって大きく左右され、昼夜による日射の有無と太陽の活動度によって大幅に変化する。その変化幅は絶対温度で500~2000Kぐらいの範囲である。この気温変化に応じて、気圧や大気密度も大幅に変化する。
[小川利紘]
超高層大気の組成分布
超高層大気が太陽からの極紫外線を吸収すると、大気分子は解離や電離をおこす。大気密度が十分濃いところでは大気はよく混合されており、窒素や酸素などの組成は一定であるが、高度約90キロメートルから上では、太陽極紫外線の解離作用によって大気組成に変化が生じる。解離作用は、酸素や窒素の分子を遊離状の原子に分解するからである。そのため高度120キロメートルでは、酸素原子は酸素分子とほぼ同量になる。
さらに、高度約90キロメートルから上では分子拡散の効果も有効に働きだす。そのため大気の各成分分子は重力の作用のもとで、その質量に応じて独自の高度分布をとるようになる。重いものは下層にたまりやすく、軽いものは上層に分布しやすくなるのである。その結果、上層ほど比較的軽い酸素原子の占める割合が高くなり、高度約150キロメートルより上では、窒素分子や酸素分子にかわって酸素原子が主成分となる。
高度約500キロメートル以上の外圏では、水素やヘリウムなど軽い原子が主成分となる。外圏大気はきわめて希薄で、大気分子どうしの衝突はまれにしかおこらないので、大気分子は個々独立に動き回っている。そのため、水素原子のうちで運動速度の大きいものは、地球の重力を振り切って、宇宙空間へ逃げ出してしまう。
[小川利紘]
超高層大気の電離
太陽からのX線や極紫外線の超高層大気に与える作用として重要なのは、電離作用である。これによって大気中の分子や原子から、遊離した自由電子とイオンの対ができる。そのため超高層大気の電離度は高さとともに増え、電気伝導度のよい電離圏が形成される。電離圏は短波電波を反射したり、内部に電流が流れて規則的な地磁気の日変化をおこすので、地上から感知でき、19世紀末から20世紀初頭にかけ早くも、その存在が知られていた。
太陽極紫外線の作用によってつくられた原子、電子、イオンは反応性に富んでいるので、電離圏の中では原子や分子の衝突過程や反応過程が活発におこっている。その結果は、大気光として観測される。オーロラも超高層大気中でおこる類似の発光現象であるが、そのエネルギーの源は磁気圏から極地域上空の熱圏に侵入する電子や陽子の粒子流である。このような粒子の侵入は極地域に特有のものであるが、オーロラの発光だけでなく、超高層大気を電離したり加熱するので、日射の少ない極地域の冬季では重要なエネルギー源となっている。
[小川利紘]
超高層大気の運動
下層大気では、さまざまな波動が存在することが知られている。これらの波動が上方に伝わると、超高層大気は密度が小さいので、振幅が大きくなることが予想される。しかし、超高層大気は粘性が大きく電離度が高いため、波の発達を抑える効果も大きい。高度100キロメートル付近で実際に観測される風系を特徴づけているのは、太陽潮汐波動(たいようちょうせきはどう)である。太陽紫外線による加熱によって、1日周期、半日周期の大気潮汐が誘起される。この潮汐波動の誘起されるのはおもに超高層大気より低い高度であるが、高度150キロメートルぐらいまではこの波動が存在するらしい。潮汐波動による風によってイオンの運動がおこり、その結果電流が流れて地磁気の日変化を引き起こしている。
熱圏の上部になると電離度が高くなるので、イオンの運動が中性大気の運動に影響を与えるようになる。この高度領域では気温の日変化が大きいため、水平方向の気圧傾度が大きくなって、地球的規模での風系が生じる。この風系は、粘性とイオン運動の効果により、高圧の昼側から低圧の夜側に向かって吹く傾向がある。
[小川利紘]
『リチャード・A・クレーグ著、畠山久尚訳『宇宙空間の科学――超高層大気の諸現象』(1969・河出書房新社)』▽『大林辰蔵著『宇宙空間物理学』(1970・裳華房)』▽『今井功他編、永田武・等松隆夫著『超高層大気の物理学』(1973・裳華房)』▽『国立極地研究所編『オーロラと超高層大気』(1983・古今書院)』▽『小嶋稔編『地球物理概論』(1990・東京大学出版会)』▽『恩藤忠典・丸橋克英編著『宇宙環境科学』(2000・オーム社)』