電離圏(読み)でんりけん(英語表記)ionosphere

翻訳|ionosphere

精選版 日本国語大辞典 「電離圏」の意味・読み・例文・類語

でんり‐けん【電離圏】

〘名〙 中間圏の外側で、地上約七〇キロメートルより上方にある大気圏。高温で大気は電離している。電波を反射・吸収する電離層がある。熱圏

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デジタル大辞泉 「電離圏」の意味・読み・例文・類語

でんり‐けん【電離圏】

電離層

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改訂新版 世界大百科事典 「電離圏」の意味・わかりやすい解説

電離圏 (でんりけん)
ionosphere

地球の高層大気中では大気の分子・原子が太陽のX線や紫外線あるいは高エネルギー粒子の照射を受けて電離するため,生じたイオンおよび電子(自由電子)が大気の分子・原子に混じって多量に存在している。特に電波の伝わり方に影響を及ぼす電子は高度約60km以上に比較的高い密度で存在している。この領域を電離圏という。電離圏のイオンや電子は地球を取り巻くいくつかの層状の濃淡分布を示しており,それらの層を電離層ionospheric layersとよぶ。しばしば慣例により電離層の語を電離圏と同義に用いることがある。

 電離層の存在が示唆されたのは,1902年ケネリーA.E.KennellyとヘビサイドO.Heavisideによってである。1901年G.マルコーニが大西洋を隔てて無線電信用の電波を受信することに成功したことが契機となり,そのときの電波の伝わり方を説明するため,彼らは地球の上層大気中に電波を反射する電気伝導層,すなわち電離層が太陽の紫外線により生成されているという説を立てた。これにより電離層はケネリー=ヘビサイド層とよばれていた。一方,1878年にスチュアートB.Stewartは,地球磁場の日変化の原因が上層大気中に存在する電気伝導領域を流れる電流であるという仮説を立てていた。1925年になって,アップルトンE.V.AppletonとバーネットM.A.F.BarnettおよびブライトG.BreitとチューブM.A.Tuveのイギリスとアメリカの二つのチームによって独立に最初の電波反射実験が行われ,電離層の存在が確認された。以来,実用面では電離層による電波反射を利用した遠距離無線通信が発達し,学術面では電離圏を通して地球の超高層大気および太陽・地球関連現象の研究が発展した。ロケット人工衛星の技術開発により,地球の電離圏を直接観測したり,惑星(金星,火星,木星,土星等)の電離圏も観測されるようになった。

地球大気の分子・原子の電離によって正電荷のイオン(正イオン)と負電荷の電子が生成されるが,高度約60km以下では大気密度が高いために,電子は直ちに大気分子に付着して負電荷のイオン(負イオン)に変わる。これらの荷電粒子は大気分子・原子との化学反応を経て,最終的には正イオンと負イオンあるいは正イオンと電子が再結合することによって中性の大気分子・原子に戻り,荷電粒子は消滅する。荷電粒子の密度分布は,電離による生成の強さ,再結合による消滅の速さ,および生成から消滅までの寿命期間中に粒子が移動して集積や発散を行うことによる再分布の効果によって決まる。上層大気中の正イオン,負イオンおよび電子の密度の標準的な高度分布が図1に示されている。高度約60km以下では,電子は極端に少なく,正・負のイオンが等しい密度で存在する。この領域における大気電離の源(電離源)は一次宇宙線が主である。高度約60km以上では電子の存在が重要となり,約80km以上では,負イオンは極端に少なく,正イオンと電子が等しい密度で存在する。

 電離圏は高度にしたがっていくつかの領域に分けられている。高度約60~90kmをD領域とよび,おもな電離源は太陽のX線(波長10Å以下)と紫外線(1216Å)である。D領域はフレアにともなう異常電離(デリンジャー現象)および太陽宇宙線やオーロラ粒子による異常電離(電離圏あらし)の影響を強く受ける。高度約90~130kmをE領域とよび,おもな電離源は太陽のX線(100~10Å)と紫外線(1027~800Å)である。高度100km付近に電子密度ピークをもつE層は日照半球において形成される。E領域にはスポラディックE(Es)とよぶ層が突発的に現れることがある。高度約130~1000kmをF領域とよび,太陽の紫外線(800~100Å)がおもな電離源である。昼間のF領域には,高度170km付近と300km付近にそれぞれ電子密度のピークをもつF1層とF2層の2層が形成される。F1層は夜間消滅するが,F2層は昼夜を通して存在し,電離層の中で電子密度が最大の層である。E層とF1層は太陽放射線による電離生成と再結合による消滅がつり合って形成されるが,F2層の形成には生成と消滅に加えて荷電粒子の拡散による再分布が重要な働きをしている。F2層のピーク高度を境にして上下を区別し,下側(ボトムサイドbottomside)電離圏および上側(トップサイドtopside)電離圏とよぶ。上側電離圏で生成されたイオン(おもに水素イオン)と電子からなる気体(プラズマ)は地球磁場の磁力線に沿って赤道上空約3万kmの高度にまで広がっており,この領域をプラズマ圏とよぶ。

電波は電場および磁場の振動が伝わる波動であるので,電離圏に電波が侵入してくると,イオンや電子は電波の振動電場から力を受けて振動する。荷電粒子の振動から生じる振動電流がつくる電磁場が電波の電磁場に加わるので屈折率が変化し,電波の屈折,反射が起こる。電波によって生じる振動電流はイオンに比べて極端に質量の小さい電子の方が大きく,おもに電子が電波の伝搬に影響を与える。電子の振動エネルギーは電波のエネルギーから供給されるが,電子の振動中に大気分子・原子との衝突によって電子の振動エネルギーが失われる場合には,大気による電波の吸収が起こる。電離圏D領域における短波帯電波の吸収が最も顕著である(デリンジャー現象)。電離圏における電子の運動は地球磁場の影響を受けて磁場方向に対して反時計回り(左回り)に回転する性質をもつため,電離圏に侵入した電波は正常波(左旋回)および異常波(右旋回)とよばれる伝搬の性質が異なる2種類の電波に分かれる。

電離圏の最も標準的な観測はイオノゾンデionosondeとよばれる電波探査装置を用いて行われている。地上から上空の電離圏に向けてパルス電波を発射すると,送信電波の周波数に対応した電子密度をもつ高度から電波が反射される。反射されてきたパルス電波を地上で受信し,送・受両パルス間の時間差を測定することにより反射点の見掛け高度(電離圏内を伝わる電波の速さは光速より遅いが,簡単のため光速で伝わったと仮定して求めた高度)が得られる。電波の周波数をゆっくり増加させると,電子密度がより高い高度からの反射波が受信され,周波数に対する受信エコーの見掛け高度のデータが図2のボトムサイド・イオノグラムbottomside ionogramの例のように得られる。F2層の最大電子密度の高度から反射する電波の周波数をF2層臨界周波数とよび,これより高い周波数の電波は電離層を突き抜けてしまい反射されない。最近は,より高度な電波観測方法やロケット,人工衛星を用いた電離圏の観測が行われている。人工衛星に搭載したイオノゾンデにより上側電離圏の観測が行われており,図2に示されるようなトップサイド・イオノグラムtopside ionogramが得られている。

電離層による電波反射を利用して無線通信が行われている。D層下部で反射される長波・超長波帯の電波は中・長距離通信に適し,船舶,航空機の位置測定などに利用されている。E層で反射される中波・短波帯の電波は伝搬距離が短く,国内回線程度の中距離通信に利用されている。F2層で反射される電波は遠距離通信に適し,短波帯の高い周波数の電波は国際通信,国際放送などに利用されている。最近では人工衛星と地上を結ぶ宇宙通信が発達し,電離層を透過する高い周波数帯の超短波,マイクロ波が用いられている。電離圏は宇宙通信にとって電波の強度変動や伝搬時間変動を起こす障害物となることがあり,また地上のテレビ回線にとってEs層による異常伝搬は混信の原因となることがある。電離圏は太陽の影響などにより変化に富むものであるから,電離圏変動を予測し通信の運用に役立てる努力が払われている。

電離圏が太陽活動に敏感に反応することおよび電離圏が地上からの電波探査により観測可能であることのために,太陽・地球間現象の重要な対象として電離圏の研究が早くから進められてきた。太陽黒点極大期の1957-58年に実施された国際地球観測年(IGY)事業において,電離圏の観測研究が主要テーマの一つとして行われた。IGYを契機に技術発展を遂げたロケット,人工衛星により,電離圏をはじめ,太陽放射線,地球高層大気,電離圏の外側に広がる磁気圏,太陽風などの観測研究が発展した。太陽放射線→大気圏↔電離圏および太陽風→磁気圏↔電離圏↔大気圏の二つのルートを通して,太陽から地球へエネルギーが流入し,地球環境に種々の影響を及ぼしていることが明らかになりつつある。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「電離圏」の意味・わかりやすい解説

電離圏
でんりけん
ionosphere

超高層大気では、高度約70キロメートルあたりから大気の電離度が増え始め、高度とともに電離度は高くなっている。そこでこの領域を、電磁気的特徴に着目して、かつては電離層とよんだが、いまは電離圏という。高度の上限のほうは、はっきりした境目がないが、実際上高度400~500キロメートルまでをさすことが多く、それより上部はプラズマ圏とよばれることが多い。気温分布の構造からみた大気の区分けによると、熱圏がこの高度領域にあたる。

 超高層大気の電離度が高いのは、太陽からやってくるX線や極紫外線(極紫外光)の電離作用による。それによって大気中の原子や分子が電離し、遊離した自由電子とイオンの対がつくられるからである。電離圏内では、自由電子とイオンは同量存在し、全体としては電気的に中性であり、電気伝導度が高い。日射のない極地域でも、磁気圏から熱圏に流入してオーロラを光らせるような、電子や陽子の粒子流が間欠的に存在するので、これら粒子の衝撃によって大気は電離し、電離圏が形成される。電離圏は電気伝導度が高いので、電波を反射する。このため短波電波を使った長距離無線通信に利用されている。

[小川利紘]

電離圏の構造

電離圏の基本的な物理量の一つとして自由電子の密度がある。電離圏に入射した電磁波が反射される場合、入射する電磁波の周波数と電子密度との間には一定の関係があるので、電子密度は実用上も重要な意味をもっている。電離圏は電子密度の高度分布の形と密度の大きさから、D領域、E領域、F領域に分けられる。これらの領域の生成機構には違いがあって、構成するイオンの成分もまったく異なり、それぞれ独自のふるまいをする。

(1)D領域 高度約70~85キロメートルの領域。主として、太陽ライマン・アルファ光によって、大気中の微量気体成分である一酸化窒素が電離してできる。電子密度は1立方メートル当り10億個から100億個ほどである。太陽光の直射がなくなる夜間は、密度は1億から10億ほどに減る。一次生成イオンである一酸化窒素イオンは、急速に水の付加した水素イオンに変換されるので、後者のイオンが主成分となっている。この領域は気圧が比較的高いので、自由電子と大気分子との衝突頻度が高く、そのためこの領域を通過する電磁波は減衰を受ける。したがって、短波通信に対しては、電波の反射層としてよりむしろ吸収層として働く。

(2)E領域 高度約85~160キロメートルの領域。太陽ライマン・ベータ光による酸素分子の電離および軟X線による窒素分子と酸素分子の電離によって生成される。電子密度は1立方メートル当り1000億個程度であるが、太陽光の直射がない夜間は10億個ほどに減る。イオンの交換反応が活発におこっている領域なので、一次生成イオンは変換されて、主たるイオン成分は一酸化窒素イオンと酸素分子イオンである。夜間ときおり発生するスポラディックE層は、寿命の長い金属イオンが、中性大気の風による鉛直収束作用によって、高度幅数キロメートルの薄い層に集積したものである。金属イオンは流星が起源であろう。このE領域に流れる電流は地上の地磁気変化を引き起こし、その存在は古くから観測されている。

(3)F領域 高度約160キロメートルより上の領域。太陽極紫外線によって主として酸素原子が電離してできたもので、イオンの主成分は酸素原子イオンである。電子密度は1立方メートル当り1000億個から1兆個程度で、高度200~300キロメートルの間で最大となる。夜間の密度減少は他の領域に比べて少なく、短波の長距離無線通信はこの領域の伝搬を利用する。F領域の電子密度は太陽活動サイクルで大きく変わり、また磁気嵐(あらし)に並行しておこる電離圏嵐のように、一時的な擾乱(じょうらん)によっても大きく変動する。

[小川利紘]

『大林辰蔵著『宇宙空間物理学』(1970・裳華房)』『小嶋稔編『地球物理概論』(1990・東京大学出版会)』『恩藤忠典・丸橋克英編著『宇宙環境科学』(2000・オーム社)』

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百科事典マイペディア 「電離圏」の意味・わかりやすい解説

電離圏【でんりけん】

大気上層のうち,大気の分子,原子が電離して生じた電子とイオンが多量に存在する領域。高度約60〜90kmのD領域,高度約90〜130kmのE領域,高度約130〜1000kmのF領域に分けられる。電子やイオンは太陽のX線,紫外線の照射によって生じたもので,地球を取り巻くいくつかの層状の濃淡分布を示しており,これらの層を電離層と呼んでいる。
→関連項目外気圏大気成層超高層大気

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世界大百科事典(旧版)内の電離圏の言及

【大気】より

…均質圏の中の上部成層圏や中間圏では太陽紫外線とオゾン,酸素の光化学反応などが行われるので,とくに化学圏chemosphereと呼ぶことがある。また,高度60km以上では空気分子は電離しているので電離圏ともいい,それ以下を中性圏ともいう。(1)対流圏troposphere 温度が高度1kmにつき5~6℃下がる層で,高さは地上から十数kmに達する。…

※「電離圏」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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