労働者の退職に際して企業が支払う金銭給付の総称。退職手当、解雇手当、退職慰労金、退職功労報奨金など、企業により、また退職事由によってさまざまな名称がある。退職金は支給方法によって、退職一時金(一時金で支払う方法)と退職年金(年金で支払う方法で、企業年金ともいう)とに大別される。このうち前者のみをさして退職金ということもある。
[横山寿一]
退職時に金銭給付を行う慣行は長い歴史をもっており、徒弟制度の「のれん分け」にその起源を求めることができるが、企業の福利厚生制度として退職金が登場するのは明治維新以後のことである。もっとも、明治期における退職時の金銭給付は、劣悪な労働条件で労働者を企業に縛り付けておくための企業による恩情的な施しでしかなかった。大正期から昭和初期にかけて日本資本主義を襲った相次ぐ恐慌とそのもとでの大量解雇は、労働争議を頻発させるとともに、労働組合の退職後における生活保障要求を顕在化させた。これを契機に、大企業を中心として退職金制度の採用が広がっていった。それは、労働組合への弾圧政策を部分的に補完する役割を担わされていたことから、依然として功労報奨的な性格を色濃くもってはいたが、同時に、そこには、単なる足止め策から、失業に際しての生活保障の機能をもあわせもつ制度への展開が示されていた。1936年(昭和11)には「退職積立金及退職手当法」が制定され、企業の自主的な慣行であったものが義務化されるとともに、労使の積立金制度の形をとることとなった(同法は1944年に旧厚生年金保険法に吸収された)。
第二次世界大戦後、大規模な大衆的運動として再建された労働組合は、退職金を労働条件の一つとして制度化する闘いを繰り広げた。こうした労働組合の要求と運動を背景に、退職金制度は1948年(昭和23)~49年ごろに急速に普及が進み、その過程で、労働条件の一部として定着をみるに至った。59年には中小企業退職金共済法(昭和34年法律160号)が制定され、退職金運営が困難であった中小企業にも普及が進んでいった。
[横山寿一]
こうした戦前・戦後の経緯を反映して、退職金の性格については、さまざまな規定がみられる。おもなものとしては、
(1)在職中の功績に対する報奨とみる功労報奨説
(2)賃金の未払い分の退職時における支払いとみる賃金後払い説
(3)退職後の生活を保障するための給付とみる生活保障説
などがある。現在の退職金は、これらの要素をあわせもつ妥協的な性格のものとして機能している。
[横山寿一]
退職一時金は、一般に、算定基礎額に支給率を掛け合わせて算定される。算定基礎額は、退職時の賃金を用いる場合と、特別に設定をした額を用いる場合の二つがある。前者はさらに、基本給部分をそのまま基礎額とするものと、基本給部分からなんらかの方法で控除したり減額するものとに分かれる。また後者には、あらかじめ金額を決めておく定額方式、職能等級、勤続年数などを一定の点数に置き換えて算定するポイント方式、賃金表とは別に算定基礎額テーブルをもつ別テーブル方式などがある。支給率は、一般的には勤続年数別に定められるが、かならずしも比例的に増加されるわけではなく、たとえば、勤続年数をいくつかの段階にくぎり段階ごとに支給率を定めるとか、一定勤続年数から支給率を増加あるいは逓減(ていげん)させるなどの方式が用いられることが多い。また、同一勤続年数であっても、退職事由(定年、会社都合、業務上傷病死、自己都合など)によって支給率が異なるのが通例である。
近年、高齢化への対応として定年延長が進んでいるが、各企業は、それに伴う退職一時金負担の増大を回避しようとさまざまな抑制策をとってきている。賃上げ分の算定基礎額への繰り入れ抑制、一定勤続年数以上での支給率増加の停止・減少、早期に退職する労働者に退職一時金を割り増す早期退職優遇制度の導入などはその現れである。
退職金の支給額は、勤続年数、学歴、退職事由などによって異なるが、勤続年数20年以上かつ45歳以上の男性定年退職者の退職金の平均額(1997)は、大学卒(管理・事務・技術職)2871万円、高校卒(管理・事務・技術職)1969万円、高校卒(現業職)1351万円、中学卒(現業職)1192万円である。ただし企業規模による格差は大きく、大学卒の場合、30~99人の企業では1222万円で、1000人以上の企業(3219万円)の38%にとどまる。
[横山寿一]
退職金のいま一つの形態である退職年金は、既述した企業の退職金負担軽減への動きと労働組合の老後生活保障への要求の高まりと相まって、1970年代以降普及が進んでおり、退職年金のみが20.3%、退職一時金との併用が32.3%と、両者をあわせると5割を超える(1997)。退職年金には、企業が独自に設計する自社年金、税法上の優遇措置を受ける適格年金、厚生年金との調整による調整年金の3種類がある。このうち適格年金がもっとも普及しており、実施企業は74.9%(1997)に上っている。しかしバブル崩壊以降、低金利のもとで原資の運用が予測と大きくずれ、積立金不足に陥るケースが生じていること、終身雇用見直しの動きが強まるなかで企業間の移動があっても受益権が通算して付与される退職年金のポータビリティの確保が重要な課題となってきたことなどを背景に、企業側から将来の年金給付額をあらかじめ決めておく従来の「確定給付型」年金に代えて、拠出金だけを決めておきその積立金および運用収益によって将来の年金給付額を決める「確定拠出型」の退職年金制度の導入を求める声が高まってきている。
[横山寿一]
『労務行政研究所編・刊『退職金・年金事情』各年版』▽『労働省大臣官房政策調査部編『賃金労働時間制度等総合調査報告』各年版(労務行政研究所)』▽『日経連『今後の企業年金のあり方についての提言』(1998)』▽『労働省労働基準局編『新時代の賃金・退職金制度――賃金・退職金制度研究会報告書』(1998・労務行政研究所)』▽『浅野幸弘・金子能宏編著『企業年金ビッグバン』(1998・東洋経済新報社)』
雇用労働制が生まれる前から,日本では,隠居する武士に退隠金,永年勤続ののちに独立する商家使用人に〈のれん分け〉というように,長期間の在職に対する有形無形の給付を行う慣行があった。明治以降は熟練労働者の長期確保のために,在職年数に応じて在職年数が2倍だと退職金は4~5倍になるような退職金が払われるようになり,昭和初期の不況・減員期には失業保険制度がなかったこともあって,解雇を円滑に行うための解雇手当(会社都合退職金)を制度化した。第2次大戦後に高度成長で労働力不足になると,定着化を図るための労働条件の一環として若年退職金が整備された。退職金は,雇用情勢など時代の諸条件により考え方,支払条件,支払方法が変わる。しかし機能は定着促進と離職促進の二つに限られる。たとえば勤続5年と30年で特段に金額が増えるとすれば5年までは勤め,これをすぎると30年までは辞めぬほうがよいと示すのが定着機能,5年目,30年目で退職したほうが有利と誘導するのが離職促進機能である。金額の算定では,経営側は本人の企業に対する功労・貢献度を重視し,労働側は退職後の生活保障性を重視し,現実には双方の考え方が入っている。労働基準法では,退職金は〈定めをする場合に就業規則に規定〉するものとしている。支給する定めがあれば就業規則に定めて〈請求の日から7日以内〉に支払わねばならない。紛争を避けるためには計算法など明文化すべきである。
退職金は企業により大差があるが,その額は一般に退職理由,退社時の給与額と地位,在職年数で計算される。退職理由とは,定年,労働災害による死傷,会社都合退職,個人の自己都合退職などである。給与額は基本給と若干の職務関連手当を対象とし,一般に家族手当など生活手当は含まれない。在職年数の計算では,企業によっては病気休職,出向期間(出向先で退職金を払うとき)などは含まない。重要な役職在任期間を特別加算する場合や,一定年齢・勤務年数に達すると自己都合退職でも特別加算をして,早期退職を促進する制度もある。退職金は一括払いが原則であったが,1960年代から長期勤続者に対して年金形式で支払う制度が行われるようになった。退職金は,この時代から退職一時金と企業年金の2方法に分かれたのである。この企業年金に3種がある。(1)いわゆる適格年金で,一定の条件を満たせば年金原資として払い込む費用は企業経理のうえで損金(非課税扱い)となるもの,(2)いわゆる調整年金で,公的年金の老齢年金にある報酬比例部分を企業の政策として多くするもの,(3)自社年金で,企業内部で独自の考え方で年金を払うもの,である。
1944年に厚生年金保険,47年に失業保険(現,雇用保険)と社会保険制度が整って,企業の退職金は意義を失ったようにみえたが,これと別に個々の企業限りの雇用・賃金管理の一環となって発展している。高齢化社会の進展で,退職金は生涯福祉・雇用調整実現の一環となっている。不況や合理化で減員する場合に,特別退職金を加算して退職希望者を募り,定年延長をしても早期に退職するように一定年数以上の退職金は増えぬようにするのが,その例である。退職金総額の人件費に占める割合は,従業員の年齢・勤続年数がのびるにつれて大きくなっていく。そのため一時金を年金化し,あるいは長期積立てを行う機関(中小企業退職金事業団など)を活用する等の方策が広く行われるようになった。
執筆者:孫田 良平
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…しかし他の共同相続人の遺留分を侵害した場合は,その相続人から遺留分に達するまでの持戻請求を受けることになる(1032条)。(3)遺産に含めるか否かが問題となるもの 保険金,遺族年金,死亡による退職金,香典等,被相続人の死亡を契機として相続人に支払われる金品が遺産に含まれるか否か問題となる(なお相続税法3条には,保険金,年金,死亡退職金は相続財産とみなす,と規定しているが,これは税政策上そうなっているのであって,そのためにこれら保険金等が遺産に含まれることにはならない)。(a)生命保険金が被保険者の死亡によって支払われる場合問題となり,保険金受取人が被保険者(この場合被相続人となる)であるときは,支払われた保険金は被相続人の遺産となる。…
… 定年制を設ける目的は二つある。(1)は,ある年齢まで働けば,企業はこれまでも賃金を払って役務(サービス)の対償を払うことは終わっているのに,さらに多額の退職金を払い,従業員の功労に謝意を示して老後の生活を保障する,と考える恩恵とみる立場である。(2)は,老朽従業員を若い従業員に代えるため,一定年齢を定めて解雇する制度とみる立場である。…
… さらに,日本の企業では,従業員が退職する場合,懲戒解雇,自己都合退職,会社都合退職,定年退職など退職理由によって支給率に違いがあるが,退職一時金が支払われる制度がある。この退職金は,原則的には基本給×勤続月数×係数で計算されるから,勤続年数が長いほど有利であり,年功累進的退職金制度といわれ,また定年退職の場合,最も優遇される。このような人事処遇制度のもとでは,従業員が他企業に移動することは,既得権,期待権を放棄することになり,不利になるうえに,定年退職の場合には,老後生活の支えになるかなりの額の退職金を受領できるので,いわゆる終身雇用制の制度的表現ともいえる。…
※「退職金」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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