年金保険制度(読み)ねんきんほけんせいど

日本大百科全書(ニッポニカ) 「年金保険制度」の意味・わかりやすい解説

年金保険制度
ねんきんほけんせいど

毎年、定期的に支払われる金銭を年金annuity, pensionといい、年金を保険の仕組みによって運営するのが年金保険制度である。年金には功労報償的な意味合いのあるものもあるが、今日の年金は、一般に高齢期の退職、障害、生計の担い手の死亡などによって失った所得を補う所得保障としての役割を担うものであり、先進諸国では公的年金制度を主柱としつつ多様な私的年金が普及している。

 一般の労働者を対象とした年金制度の起源は、ドイツで1889年にビスマルクが制定した年金保険である。続いて、デンマークでは1891年、ニュージーランドでは1898年、イギリスでは1908年に、いずれも租税負担による無拠出制の年金制度が創設された。第二次世界大戦後の先進諸国では、公的年金制度が福祉国家体制の主柱として位置づけられるとともに、労使の取組みや税制措置などにより、企業年金や個人年金などの私的年金が普及した。近年では、高齢化の進展や経済の停滞を背景として、公的年金の給付を抑制する一方で私的年金を育成するなど、多くの国で年金制度の見直しが進められている。

[山崎泰彦 2023年6月19日]

年金の分類・種類

拠出制年金・無拠出制年金

年金保険は、被保険者の事前の保険料拠出を受給要件として、保険原理に基づいて年金を支給するもので、拠出制年金ともいう。一方、被保険者の事前の保険料拠出を受給要件としないで支給する年金を無拠出制年金といい、公的年金では租税負担によって財源がまかなわれる。

[山崎泰彦 2023年6月19日]

社会保険方式・税方式

財源調達の違いに着目した公的年金制度の分類である。社会保険方式は前記の年金保険・拠出制年金と同義、税方式は無拠出制と同義である。社会保険方式は、拠出が受給要件になり、かつ拠出に応じて年金額が決まる。社会保険方式には、拠出と給付の関係が明確であり、保険料拠出について加入者の合意を得やすいというメリットがあるが、反面、拠出が十分でない場合、無年金者や低額年金者を生むというデメリットがある。税方式は、個々人の拠出を必要とせず、国内居住期間などの要件により年金を支給するものである。税方式には、無年金者の発生を回避し、かつ低所得者を含めて一律平等の年金支給を実現できるというメリットがあるが、増税についての合意が困難だとか、所得制限の導入による給付制限を受けやすいというデメリットがある。

[山崎泰彦 2023年6月19日]

終身年金・有期年金

支給期間があらかじめ一定期間に限られており、かつ被保険者が生存していることを条件に支給する年金を有期年金という。一方、生存している限り生涯にわたって支給する年金を終身年金という。老後保障の観点からは生きている限り支給される終身年金が望ましく、公的年金は原則として終身年金であるが、日本の場合、企業年金では有期年金が多く、個人年金ではいずれの場合もある。

[山崎泰彦 2023年6月19日]

確定給付年金・確定拠出年金

将来支給する年金額を保険者が約束し、資金は保険者が運用し、予定された利率で運用できなかった場合の運用リスクを保険者が負うものを確定給付年金または給付建て年金という。一方、加入者が自己責任により資金を運用し、運用結果に応じて年金額が決まるもの、すなわち運用リスクを加入者が負うものを確定拠出年金または掛金建て年金という。

[山崎泰彦 2023年6月19日]

積立方式・賦課方式

将来の年金給付に必要な原資を保険料で積み立ててまかなう財政方式を積立方式という。積立方式は一般に私的年金の財政方式であるが、年金改革論議では公的年金でも採用すべきだという主張もある。一方、年金給付に必要な費用を、そのつど、加入者からの保険料負担によりまかなう財政方式を賦課方式という。先進諸国の公的年金制度では、一般に賦課方式を採用しているが、日本では賦課方式を基本に、一定の積立金を保有しており、受給者の急増等に対する緩衝装置としての機能を果たしている。積立方式では、現役時代に積み立てた積立金を原資とすることにより、運用収入を活用できるが、想定を超えたインフレ・賃金上昇などの経済変動や運用環境の悪化があると、価値維持がむずかしく年金の抑制が必要になる。一方、賦課方式は、社会的扶養の仕組みであり、その時々の現役世代の保険料を原資とするため、経済変動に対応した価値維持をしやすいが、加入者に対する受給者の比率が上昇すると、保険料負担の引上げや年金の抑制が必要になる。ただし、いずれの方式であっても少子高齢化による生産力の低下の影響は避けられず、積立方式は積立金の運用悪化など市場を通して、賦課方式は保険料収入の減少などを通して影響を受ける。

[山崎泰彦 2023年6月19日]

公的年金・私的年金

社会保障の一環として国が実施する年金を公的年金という。公的年金の特徴としては、原則として強制加入制であること、物価スライドなど年金額の価値維持が行われること、しばしば補足財源として国庫負担が行われ保険料負担が軽減されることなどがあげられる。一方、自助努力の一環として民間で任意に実施されている年金が私的年金であり、公的年金を補完する役割を担う。私的年金には、民間企業が従業員の福利厚生の一環として実施している企業年金と、生命保険会社、信託銀行などが個人を対象として実施している個人年金がある。私的年金の特徴としては、企業年金の実施は企業の任意であり、個人年金の加入は個人の任意であること、想定を超えるインフレ等に対応する年金額改定の財源確保がむずかしいため公的年金のような年金額の価値維持は困難であること、財源は保険料とその運用収入に限られることなどがあげられる。

[山崎泰彦 2023年6月19日]

公的年金制度の沿革と仕組み

沿革

公的年金制度の起源は、明治時代の初期から中期にかけて軍人や官吏を対象に創設された恩給制度である。恩給は恩賞的なもので、財源は租税でまかなわれた。その後、明治時代の末期から大正時代にかけて、恩給制度適用外の現業官庁の現業員を対象として共済組合が設立され、拠出制の共済年金制度が導入された。民間企業の労働者に対する年金制度は、1939年(昭和14)の船員保険法に始まり、1941年には男子工場労働者を対象として労働者年金保険法が制定された。同法は1944年の改正で、事務職員と女子に適用が拡大され、名称も厚生年金保険法と改められた。1959年(昭和34)には農業や商工業の自営業者などを対象とする国民年金法が制定され、1961年4月に全面実施されたことにより、国民皆年金体制が実現した。その後、高度経済成長期には、給付水準の引上げやスライド制の導入など、意欲的な給付改善が行われた。

 しかし1970年代後半になると、制度間・世代間の給付と負担の公平化など、高齢化社会に適合した制度改革が求められるようになった。改革の主要事項は以下のとおりである。

(1)1985年改正 基礎年金の導入と二階建て年金への再編成、給付水準の適正化と負担増の緩和、第3号被保険者制度による妻の年金権の確立、20歳前に障害者となった者に対する障害基礎年金の支給など。

(2)1994年(平成6)改正 老齢厚生年金の定額部分の支給開始年齢を60歳から65歳に段階的に引上げ(男性は2001年度から2013年度にかけて、女性は2006年度から2018年度にかけて)、年金と失業給付・高年齢者雇用継続給付の調整、育児休業期間中の保険料免除など。

(3)1996年改正 日本鉄道共済組合(JR共済)、日本電信電話共済組合(NTT共済)、日本たばこ産業共済組合(JT共済)の年金を厚生年金へ統合。

(4)2000年(平成12)改正 報酬比例部分の支給開始年齢を60歳から65歳に段階的に引上げ(男性は2013年度から2025年度にかけて、女性は2018年度から2030年度にかけて)、報酬比例部分の年金水準の5%引下げ、65歳以後の年金額改定の物価スライドへの一本化など。

(5)2001年改正 農林漁業団体職員共済組合の年金を厚生年金へ統合。

(6)2004年改正 基礎年金の国庫負担割合の引上げ、最終保険料を固定したうえで給付水準を自動調整するマクロ経済スライド方式の導入、離婚時の年金分割の導入、保険料の多段階免除など。

(7)2012年改正 老齢基礎年金の受給資格期間の25年から10年への短縮、基礎年金国庫負担割合2分の1の恒久化、父子家庭に対する遺族基礎年金の支給、短時間労働者に対する適用拡大、産休期間中の保険料免除、公務員等に厚生年金の適用を拡大する被用者年金一元化など。

(8)2016年改正 短時間労働者に対する適用拡大の促進、第1号被保険者の産前産後期間の保険料免除、年金額改定ルールの見直し、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)の組織等の見直しなど。

(9)2020年(令和2)改正 短時間労働者等に対する被用者保険の適用拡大、在職中の年金受給のあり方の見直し、受給開始時期の選択肢の拡大、国民年金手帳から基礎年金番号通知書への切替えなど。

[山崎泰彦 2023年6月19日]

制度の仕組み

二階建ての制度体系で、一階部分の国民年金(基礎年金)には現役世代の全国民が加入する。国民年金の被保険者は、第1号被保険者(20歳以上60歳未満の自営業者など)、第2号被保険者(厚生年金保険の被保険者)、第3号被保険者(第2号被保険者の被扶養配偶者で20歳以上60歳未満の者)の3種に区分されている。基礎年金の財源は、保険料と国庫負担(給付費の2分の1)によりまかなう。第1号被保険者の保険料は定額であるが、低所得者などは保険料の納付が多段階で免除される(全額、4分の3、2分の1、4分の1免除)。第2号および第3号被保険者分の基礎年金の保険料は、厚生年金保険から基礎年金拠出金として一括して納付する。第3号被保険者は個別には保険料を納付しない。基礎年金の給付には、老齢基礎年金、障害基礎年金、遺族基礎年金の三つがあり、年金額は定額である。厚生年金保険は、基礎年金に上乗せして報酬比例の年金を給付する。厚生年金保険の保険料は、標準報酬月額と標準賞与額に保険料率を乗じて算定し、これを事業主と被保険者が折半負担する。

[山崎泰彦 2023年6月19日]

公的年金制度改革の課題

日本の公的年金制度は、社会保険方式、二階建て年金、賦課方式の財政方式を基本として運営されている一方、近年の改革論議では、基礎年金の税方式(全額国庫負担)への切替え、二階部分の民営化、財政方式の積立方式化、被用者と自営業者の区別のない所得比例年金への一本化と全額国庫負担による最低保障年金の創設などが提案されることもある。しかし、このような制度の枠組みの全面的な改変については問題点も多く、現行の制度体系を基本においた漸進的な改革が積み重ねられている。

[山崎泰彦 2023年6月19日]

諸外国の年金改革

先進主要国の改革の動向は以下のとおりである。


アメリカ
(1)1983年 レーガン政権下の年金改革による支給開始年齢の67歳への段階的引上げ、保険料率の引上げ。

(2)1990年代 クリントン政権期に確定拠出年金(401k)が普及。

(3)2006年 年金保護法による退職後所得保障に関する包括的な改革。

(4)2015年 企業年金に加入していない従業員を対象とする個人退職口座の創設。


ドイツ
(1)1992年 年金額の賃金スライドをグロス(総)賃金からネット(手取り)所得スライドに変更。

(2)1999年 税財源の投入により、保険料を0.3%引下げ。

(3)2000年 将来の高齢化に備え、年金額を減額(ネット所得代替率70%→67%)、保険料率の将来的な上限を設定(26.0%→22.0%)、個人積立年金を導入。

(4)2007年 支給開始年齢を2012年から2029年までに段階的に67歳に引上げ。

(5)2014年 特別長期被保険者の支給開始年齢を63歳に引下げ。

(6)2017年 東西ドイツの年金額の算定基礎の段階的統一。

(7)2020年 基礎年金法の制定により、低賃金による低年金者に対する税負担による年金額の補足。


フランス
(1)2010年 支給開始年齢を60歳から62歳に引上げ、満額年金に必要な拠出期間を41.5年とし、満額年金の支給開始年齢を65歳から67歳に引上げ。

(2)2014年 保険料率の引上げと満額年金の受給資格期間を43年へ延長。

(3)2018年 年金を含む自営業者の社会保険を一般制度へ統合。

(4)2023年 支給開始年齢を62歳から64歳に引上げ、満額年金に必要な拠出期間を43年に引上げ。


スウェーデン
(1)1999年 従来の二階建て体系を一本化し、税方式の基礎年金を廃止。保険料を将来にわたり固定。概念上の拠出建てを採用。自動調整メカニズムを導入。

(2)2019年 受給可能年齢(61歳から2026年に64歳へ)および雇用保障年齢(67歳から2023年に69歳へ)の段階的引上げ。


イギリス
(1)1980年代 二階部分の年金制度について、国家所得比例年金から企業年金、個人年金への移行を促進。

(2)1988年 国家所得比例年金の給付水準引下げ(25%→20%)。

(3)1999年 二階部分の年金制度の新たな選択肢として、中所得者にも加入しやすいステークホルダー(利害関係者)年金制度(個人拠出・確定拠出)を導入。

(4)2000年 国家所得比例年金を2002年4月以降、低所得者に有利な国家第二年金に切替え。

(5)2007年 女性の支給開始年齢を2020年までに65歳に引上げ、さらに2046年までに男女ともに68歳に引上げ。

(6)2012年 低・中所得者向けの確定拠出年金であるNEST(国家雇用貯蓄)を導入。

(7)2014年 二階建ての年金を一階建に再編し給付を定額化、支給開始年齢67歳への引上げを8年前倒し。

[山崎泰彦 2023年6月19日]

『西村淳著『社会保障の明日――日本と世界の潮流と課題』増補版(2010・ぎょうせい)』『日本社会保障法学会編『新・講座社会保障法1 これからの医療と年金』(2012・法律文化社)』『みずほ総合研究所編著『図解 年金のしくみ』第6版(2015・東洋経済新報社)』『長沼建一郎著『個人年金保険の研究』(2015・法律文化社)』『権丈善一著『年金、民主主義、経済学――再分配政策の政治経済学Ⅶ』(2015・慶応義塾大学出版会)』『権丈善一著『ちょっと気になる社会保障』(2016・勁草書房)』『吉原健二・畑満著『日本公的年金制度史――戦後七〇年・皆年金半世紀』(2016・中央法規出版)』『坪野剛司、年金綜合研究所編『年金制度の展望』(2017・東洋経済新報社)』『田村正之著『人生100年時代の年金戦略』(2018・日本経済新聞出版社)』『日本年金学会編『人生100年時代の年金制度――歴史的考察と改革への視座』(2021・法律文化社)』『厚生労働統計協会編・刊『保険と年金の動向』各年版』『『年金のてびき』各年版(社会保険研究所)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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