運動領野(読み)うんどうりょうや(その他表記)motor area

最新 心理学事典 「運動領野」の解説

うんどうりょうや
運動領野
motor area

運動領野とは,運動の企画・準備・実行の過程において,中心的な役割を果たす大脳皮質領域である。

【運動領野の成り立ち】 運動領野は,大脳皮質の前頭葉の後方部にある複数の皮質部位から構成されている。中心溝の直前にある一次運動野は,細胞構築学的には4野に相当しており,前頭葉の最も後方部に位置する。一次運動野の前方には外側面から内側面にわたって6野がある。6野のうち,外側面には運動前野premotor areaがあり,内側面には補足運動野supplementary motor areaと前補足運動野pre-supplementary motor areaがある。さらに,帯状溝に沿って複数の帯状皮質運動野cingulate motor areaがあり,サルでは前方部(24c野),後方部(6c野,23c野)から成る。一方で,ヒトでは細胞構築学的に異なる分類がなされるが,サル脳に相当する位置に前方部と後方部の帯状皮質運動野がある。一次運動野を除く複数の運動野をまとめて高次運動野という。

【一次運動野primary motor area】 一次運動野は第Ⅴ層に存在する巨大錐体細胞によって特徴づけられる。一次運動野細胞の出力線維は,他の皮質領野,大脳基底核,視床,脳幹にある神経核などさまざまな部位へ送られる。その中に,皮質脊髄路corticospinal tractを通って脊髄へ投射する一群があり,巨大錐体細胞はその主要な一員である。皮質脊髄路は,内包,中脳の大脳脚,橋,延髄を通り,延髄の下端大部分の線維の左右が交叉する。この部位は錐体とよばれるため,この交叉は錐体交叉とよばれる。延髄から脊髄へ入ると,主要な線維は脊髄の側索を下降し,支配筋をつかさどる脊髄部位に達すると脊髄前角に入り神経終末を形成する。脊髄前角には介在細胞と筋活動を直接制御する運動細胞があるが,一次運動野細胞の神経終末は両者に分散して接続することによって,精緻な筋活動の制御を行なっている。なお,一次運動野に加えて,前補足運動野を除くすべての高次運動野の細胞が,皮質脊髄路を通して脊髄へ線維を送っている。

 シェリントンSherrington,C.S.は,チンパンジーの脳を使って研究を行ない,一次運動野に微弱な電流を流すと,刺激部位に応じて異なる体部位の動きが誘発されることを見いだした。具体的には,外側面から内側面にかけて,顔や咽喉部,手指,手首,肘,肩,体幹,下肢の動きが誘発されることを示した。さらに,神経トレーサーを使った研究で,より外側面にある一次運動野細胞が上肢の動きをつかさどる脊髄部位へ,さらにより内側面の一次運動野細胞が下肢の動きをつかさどる脊髄分節へ投射することが示された。こうした知見は,一次運動野には全身の体部位再現があることを示している。その特徴として,精緻な動きが必要となる口唇領域と手指領域がきわめて大きいことが挙げられる。

【高次運動野higher order motor area】 一次運動野の前方にある高次運動野は筋活動を直接制御するよりはむしろ,より高次なレベルでの運動制御にかかわっている。複数ある高次運動野のおのおのが特徴的な機能的役割を担っている。6野の外側面にある運動前野は,視覚情報に基づいて動作を企画ならびに準備・遂行する過程において中心的な役割を果たす。腹側部と背側部に分けられ,両者の間で機能的役割が異なっている。背側部は上肢,下肢のより近位部(肘,肩,臀部,膝など)の動作制御に関与している。たとえば,目の前にある物体に向かって手を伸ばす動作では肩や肘を主に使用するが,こうした動作において背側部が中心的な役割を果たす。さらに,条件つき視覚運動変換では,視覚物体情報が指示する内容に従って異なる動作を選択する必要があるが(例:赤信号ならブレーキを踏むなど),こうした場合においても運動前野背側部が重要な役割を果たす。

 一方,運動前野腹側部は,手指や口唇などより遠位部の動作制御にかかわっている。目標に向かって手を伸ばす到達運動において,背側部が手を物体のある所まで運ぶのに関与しているのに対して,腹側部は物体をつかむ動作に関与する。物体の形,大きさ,傾きに応じて,手の形を変える必要があるが,腹側部はこうした過程に関与する。実際,腹側部が障害されると,指は動かせるのにもかかわらず,つかめなくなるという症状を呈する。また,腹側部には広い顔領域があり,飲む,食べる,発音するといった口唇咽喉部の精緻な動作の制御にも関与する。

 運動前野腹側部にはリゾラッティRizzolatti,G.らによって,ミラーニューロンmirror neuronが報告されている。ミラーニューロンは自分自身でつかむ動作を行なう際に活動するだけでなく,他者がつかむ動作を行なうのを見ている際にも同様な活動を示すという興味深い特徴をもっている。同じ物体をペンチではさむ際には活動しないので,ある物体を手でつかむという特定の動作内容を,自己と他者を超えて抽象的なレベルで表現している可能性がある。こうした特徴から,他者の意図や情動の理解,ならびに自閉症との関連性が議論されている。

 ペンフィールドPenfield,W.G.とウェルチWelch,K.(1949)は,前頭葉の内側面を微小電気刺激することによってさまざまな運動を誘発することに成功した。運動を誘発するのにより大きな電流が必要であること,誘発された動作は複数の関節にまたがる複雑なものであること,後方から前方へ向かって後肢,前肢,顔の動作が誘発されることなどの結果から,一次運動野とは異なる運動領野部位再現であることを見いだし,この部位を補足運動野と名づけた。その後,補足運動野よりも前方に,体部位再現が明瞭ではないが,運動制御に関与する別の部位があることが確認され,前補足運動野と名づけられている。補足運動野,前補足運動野とも6野にある。

 運動前野が視覚情報に基づいた動作制御にかかわっているのに対して,補足運動野は内発性,記憶誘導性の動作制御において中心的な役割を果たしている。補足運動野が障害されると,一次運動野とは異なり,麻痺症状は示さないが,さまざまな特徴的な病態を呈する。とくに,感覚情報の手がかりがない状況下で自発的に動作を開始すること,左右の手を使い分けて目的を達成すること,複数の動作の順序を記憶し遂行することが困難になる。補足運動野が障害されても,運動前野が主要な役割を果たす感覚情報に基づいて動作遂行する過程は正常なので,運動前野と補足運動野の機能的役割は相補的であることが示唆される。一方,前補足運動野は,企画された運動の中止・更新,順序動作を新しく組み替える過程,複数の動作の順序制御といった,より高次なレベルでの動作制御にかかわる。前補足運動野は高次運動野の中で脊髄や一次運動野へ投射しない唯一の領域である。

 帯状皮質運動野は前方部(24c野)と後方部(23c野,6c野)の両者が脊髄へ投射していること,微小電気刺激によって動作が誘発されること,さらに動作遂行に伴って活動する細胞が多数存在することから,運動野であるとみなされる。情動や内的欲求の処理の中心である大脳辺縁系に属する帯状回の直上にあり,この部位から強い入力を受け取っているので,帯状皮質運動野は大脳辺縁系に由来する情報に基づく動作制御に関与することが示唆される。帯状皮質運動野を含む領域が障害されると,麻痺などはまったくないにもかかわらず,じっとして動かず発言もしなくなるという状態に陥ることがある。これは無動無言症とよばれ,この領域が内的欲求を動作発現に変換する過程へ関与することが示唆される。さらに,帯状皮質運動野の前方部と後方部で機能差が見いだされている。後方部が主に動作の実行に関与するのに対して,前方部は,動作の準備・実行,ならびに動作の結果として得られる報酬量に基づく動作の選択に関与する。

 運動準備電位readiness potentialは随意的な動作遂行に先行して運動関連領野から幅広く記録される陰性の脳波活動で,コーンフーバーKornhuber,H.H.とディークDeeke,L.(1964)によって初めて報告された。動作開始に数秒先行し,前補足運動野,補足運動野といった内側面にある高次運動野と外側面にある運動前野を中心に記録される早い成分と,動作開始に数百ms(ミリ秒)先行し,一次運動野と運動前野を中心に記録される遅い成分がある。運動関連領野を構成する各部位が関与するさまざまな機能を支える神経活動の総体を反映するものと考えられる。 →神経系 →前頭連合野 →大脳基底核 →頭頂連合野
〔星 英司〕

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