達成動機(読み)たっせいどうき(英語表記)achievement motive

最新 心理学事典 「達成動機」の解説

たっせいどうき
達成動機
achievement motive

なんらかの価値的目標に対して卓越した基準で成し遂げようとする動機である。他者をしのぐことが想定されているため,他者とうまくやっていきたいという親和動機affiliation motiveとは逆方向の力であるともいえる。

【達成動機研究の由来】 マクレランドMcClleland,D.C.とアトキンソンAtkinson,J.W.はとくに資本主義社会,競争社会での達成動機の重要性に着目した。ここでいう達成動機は,あらゆる価値的目標を対象と想定しており,その達成動機を測定するために主題統覚検査TAT)による測定法が開発された。さらに具体的場面で機能する総達成動機づけを予測するモデルが提案された。このモデルでは,成功したいという成功接近動機づけと失敗したくないという失敗回避動機づけの二つの合力が想定されている。そして成功接近動機づけは達成動機(成功接近動機)×期待(成功の主観的確率)×正の誘因(成功した場合の正の感情),一方,失敗回避動機づけは,失敗回避動機×期待(失敗の主観的確率)×負の誘因(失敗した場合の負の感情)からなるとされる。このモデルによると成功確率が½の課題に対して達成動機が失敗回避動機より大きい人は最も総達成動機づけが高まり,逆に達成動機が失敗回避動機より小さい人は最も総達成動機づけが低くなると予想される。この達成動機研究は測定の妥当性の問題,さらには達成動機の一般的な傾性を仮定することへの懐疑などから現在は衰退している。

【達成目標理論】 ドベックDweck,C.S.は達成動機づけを,有能さを希求する動機づけと考え,人は自分の有能さを求め,自分のスキルを査定するために達成目標を設定するとした。彼女はまず,どのような目標を設定するかは知能に関する素朴理論ともいえる暗黙の知能観implicit theories of intelligenceによると考えた。それは二つの知能観で,一つは知能を本人の意志で変化可能なものと見る増大理論で,もう一つは知能を制御不能で変化しがたい実体ととらえる実体理論である。知能観として増大理論をもつ人は努力により能力を伸ばせると考えるので学習して能力を伸ばすことを目標とする学習目標をもつという。一方,実体理論をもつ人は能力を固定的なものととらえるために,能力が低いと判断されるのを避け,能力が高いと判断されることを目標とする遂行目標をもつという。そして,それぞれの達成目標をもつ人たちの行動パターンは現在の自分の能力に対する自信の有無により異なるとされる。すなわち,遂行目標をもち,自分の能力に自信がある場合には熟達志向(困難な課題にも果敢に挑戦する,努力する)を取りやすいが,自分の能力に自信がない場合は,挑戦を避け,すぐに無力感を抱きやすい。一方,学習目標をもつ場合には自分の能力への自信の有無に関係なく,結果が問題ではなく能力を伸ばすことが目標なので熟達志向的である。この達成目標は個人差として扱われることもあるが,状況によって変化するとする考えもある。たとえば,担任教師相対評価を強調する場合は,クラスの全員が遂行目標を志向しやすくなる。また,学習成果との関係については学習目標をもつ方が遂行目標をもつよりも優れると考えがちであるが必ずしもそうではない。機械的暗記学習では遂行目標をもつ方が優れるという指摘もあり,どのような形で学習成果を測定するかによって異なる。なお,この二つの達成目標のよび方は研究者により異なり,学習目標を熟達目標,遂行目標を成績目標ということもある。

【達成動機づけの階層モデル】 エリオットElliot,A.J.とトラシュThrash,T.M.はこれまでの達成目標の概念がやや混乱して用いられていると指摘し,達成動機づけを再構成するために達成目標を2次元で分類することを提唱した。一つの次元は先の達成動機づけのモデルに倣ったもので接近-回避の次元である。もう一つは基本的には達成目標の学習-遂行の区分によっており個人内評価か相対評価かの次元である。この二つの次元の組み合わせで四つの達成目標が想定される。第1は熟達接近目標とよばれるもので課題の熟達や理解そのものを目標とする。そして自己の成長や進歩が有能さの基準になる。第2は熟達回避目標とよばれるもので,誤った理解を避け,学習しなかったり,課題に熟達することを避けることが目標になる。第3は遂行接近目標で他者に勝つこと,打ち負かすことが目標であり,クラスで一番を取るというような相対的な基準が用いられる。第4は遂行回避目標で,他者から劣っていると見られることを避けることが目標となる。この4分類はとくに遂行目標を接近と回避に2分したところに意味がある。なぜならこれまで,遂行目標と達成行動との関係は曖昧であったが,このモデルでは遂行接近目標の場合にはやや強い達成行動が,遂行回避目標の場合は弱い達成行動が予想されるからである。遂行接近目標をもつ場合,教師が期待した基準をめざして努力するのに対して熟達接近目標では自己の基準をめざして努力するので,学校でのテストなどでは遂行接近目標をもった方が成績が良いとの報告も多い。

【社会的目標】 達成目標の研究は,有能さを個人的な能力や知的獲得だけとはみなさず,社会的能力の獲得を視野に入れた社会的目標の考え方も発展させた。学校での学習は基本的には個人内で生じるものではあるが,学校や学級という先生や友人が集まる場で行なわれるものであるから必然的にその社会的な関係の影響を受ける。親密で協力的な対人関係の形成が学習にプラスに影響することが想定される。ウェンツェルWentzel,K.R.は生徒がもつ個人的目標という観点から学業の達成動機づけを検討した。彼女によれば,生徒の個人的目標は学業的目標と社会的目標とからなる。この二つの目標と学業達成との関係についてはさまざまな位置づけが想定される。たとえばそれぞれの目標が独立に学業達成に影響することも考えられる。この場合,社会的目標は友人と協力するという目標などを意味すれば,協同学習が促進され,その結果として学業達成が向上すると予想される。これは親和動機が達成動機に正の影響をもつ場合ともいえる。二つの目標が因果的な関係をもつ場合も想定される。たとえば,親や教師を喜ばせるという社会的目標を達成するために学業的目標を追求する場合や,学校や教室内での規則を守るという社会的目標をもつことにより,その生徒が教師から受容されやすくなり,学業的目標を達成しやすくなる場合である。ウェンツェルの研究でも実際に好成績の生徒の方が学級の規則を遵守することが示されている。
〔速水 敏彦〕

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「達成動機」の意味・わかりやすい解説

達成動機
たっせいどうき
achievement motive

ある程度高い目標を掲げ,障害を克服してその目標の完遂に努力しようとする動機。アメリカの心理学者 D.マックレランドらにより研究が進められ,達成動機の高い者の心的特徴が調べられた。またこれは,社会的動機の一つであって,社会が経済的に成長,繁栄するには社会の人々の達成動機が高められていることが前提となると考えられた。

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