改訂新版 世界大百科事典 「違法収集証拠」の意味・わかりやすい解説
違法収集証拠 (いほうしゅうしゅうしょうこ)
訴訟手続上違法な手段・方法により収集ないし獲得された証拠。従来,おもに刑事訴訟との関係で,その証拠能力が問題とされてきた。狭義には,とくに違法な捜索・押収等の結果得られた証拠物を指すが,広義には,このほか違法な被疑者の身柄拘束や取調べの結果獲得された自白,違法な盗聴により録取された人の会話などをも含む一般的概念として用いられる。
証拠物の場合,その収集手続に違法があっても,証拠それ自体の内容や性質に変化をきたすわけではないから,刑事訴訟における真実の究明,すなわち犯人の確実な処罰という観点からは,そのような証拠も有用であることは間違いない。しかし,ことに収集手続の違法が被告人の憲法上の権利の侵害を伴うなど重大なものであるときには,その結果たる証拠を利用して被告人を処罰することは,憲法31条が規定する適正手続の保障に反する疑いがある。また,違法な捜査活動を放置せず,その再発を防止するためには,その所産である証拠の使用を禁止することが効果的であると考えられる。このような理由から,学説上は,違法収集証拠の証拠能力を原則として否定するのが通説である。そして,その考え方は判例にも反映し,最高裁も,証拠物の収集手続に令状主義の精神を没却するような重大な違法があり,将来の捜査の抑制という見地からもそれを証拠として許容することが相当でないと認められる場合には,その証拠能力を否定すべきだとする立場を採用するに至っている。もっとも,何がそこにいう〈重大な違法〉にあたるかは,解釈の余地が大きく,現に,その後の下級審の裁判例においても,収集手続が違法と認定されながら,その違法はなお重大とはいえないとして,結局証拠の使用が許される例が少なくない。その点の判断基準を明らかにしていくことが,今後の課題とされる。
一方,自白については,憲法および刑事訴訟法上,強制自白等任意でない疑いのある自白は証拠とすることができない旨の明文規定が置かれている(憲法38条2項,刑事訴訟法319条1項)。これも,従来は,虚偽のおそれの強い自白を排除するものだという見解が強かったが,最近では,むしろ違法収集証拠の問題の一環としてとらえて,違法な手続の結果得られた自白の使用を禁ずる趣旨だと解する見解が有力になりつつある。そして,裁判例上も,そのような観点から,自白の証拠能力を否定する例が現れてきている(たとえば,違法な別件逮捕・勾留による自白)。
違法収集証拠の排除に関しては,その証拠に基づいて発見・獲得された第二次的証拠の取扱いや,第三者に対する違法な手続により収集された証拠についての被告人の排除申立適格の存否,私人により違法に収集された証拠の証拠能力等,派生する問題も多いが,その解決はなお今後に残されている。
このほか,同種の問題は,民事訴訟や行政争訟の場でも生じうるが(たとえば,民事訴訟の一方当事者が相手方より盗取した書類や秘密録音した会話,税務官吏による違法な立入検査の結果発見された裏帳簿など),そこでの議論は熟していない。
→証拠 →デュー・プロセス・オブ・ロー
執筆者:井上 正仁
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報