殺人・強盗・放火など重大な犯罪(本件)の被疑者について,逮捕して取り調べるだけの証拠がないときに,同人の軽微な犯罪を探し出し,この罪(別件)を理由に令状を得て逮捕すること。逮捕からさらに勾留にまで進展すれば,別件勾留の問題となる。別件逮捕も別件勾留も,法令上の用語ではないが,1960年代から法律学の論文やジャーナリズム等で使われるようになり,現在では慣用語として定着している。なお,問題の本質は別件逮捕も別件勾留も共通であるから,以下,別件逮捕について説明する。
別件逮捕は捜査する側にとっては,重大な犯罪の被疑者を早期に逮捕し,身柄拘束の状態で取り調べる手段として,すこぶる便利な捜査方法である。これによって事件が解決した例も少なくない。しかし,憲法および刑事訴訟法の保障する人身の自由の観点からみると,実質上逮捕の要件がないのに,別件を持ち出して裁判官の目をくらませ,逮捕状の発付を受けるのであるから,令状主義の本旨に反し違法ではないかという批判を免れない。また,実質的にも,このような逮捕はいわゆる見込捜査に陥る危険が大きく,現に判断を誤ったことの明白な事例もある(1965年発生の蛸島事件,1968年発生の3億円事件など,著名な事件)。したがって,別件逮捕の濫用を防止すべきことについては,法律家の間にも異論がない。
しかし,防止のための考え方は必ずしも一致していない。裁判実務において有力な見解は,別件に関しても逮捕の理由と必要が欠けている場合だけを違法とし,その他の場合は適法とするが,逮捕状に記載されていない本件に関しても,被疑事実の告知等を励行し,またとくに取調べの任意性を確保しようというものである。これは,逮捕の適否自体については別件だけを基準にする考え方であるから,別件基準説と呼ばれている。一方,学説として有力なのは,本件の捜査のための脱法的逮捕であるかぎり,別件逮捕はすべて違法だという考え方で,本件基準説と呼ばれる。被疑者の綿密な取調べによる事件の解明という捜査方法の効用を認めながらその行過ぎだけを阻止しようとすれば前者,このような“伝統的”方法の危険性をより多く強調すれば後者の立場に到達するといえよう。
いずれにせよ,別件逮捕が違法と判断された場合は,被疑者を引き続いて勾留することも許されず,また逮捕(勾留)中の自白は証拠とすることができない。
執筆者:松尾 浩也
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
取り調べたい事件(本件)について逮捕の要件が存在しないため、逮捕可能な別件について逮捕して本件の取調べをする捜査方法。憲法と刑事訴訟法は、逮捕にあたって原則として裁判所の発する令状を要求し、当該事件について逮捕の理由があるか否かの事前審査を要求している(令状主義、憲法33条、刑事訴訟法199条)。ところが別件逮捕は、形式的には別件による逮捕であり、令状を具備しているようにみえるが、実質は本件による逮捕であり、本件を基準にすれば明らかに違憲・違法である。それに、通例、別件による逮捕・勾留(こうりゅう)のあとに、本件による逮捕が行われる。そうすると、実質的に本件について逮捕・勾留の法定期間の2倍の期間身柄を拘束することが可能となり、この点でも違法である。それに、別件逮捕は、自白追及を目的とした捜査方法であり、逃亡や罪証隠滅の防止といった逮捕の本来の目的以外での利用であり、法の精神に反する。しかし、慣行として適法視されている余罪捜査との区別をどうするかで見解が分かれ、違法とする場合の細かい要件設定は論者によって異なるが、「専(もっぱ)ら重大な本件の取調べに利用する目的で軽微な別件を利用した場合」といった設定が一般化している。
[大出良知]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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