〘他ラ五(四)〙
[一]
① 人に命じて行かせる。また、先でどうなるかわからないまま、人を送り出す。派遣する。
※
万葉(8C後)一四・三三六三「わが背子を
大和へ夜利
(ヤリ)てまつしだす
足柄山の杉の木の間か」
※枕(10C終)八七「四日の夜、侍どもをやりてとり棄てしぞ」
② 車などを先へどんどん進ませる。進行させる。進むにまかせる。
※万葉(8C後)一七・三九六九「時の盛りを いた
づらに 過ぐし夜里
(ヤリ)つれ」
※枕(10C終)三二「
檳榔毛はのどかにやりたる。いそぎたるはわろく見ゆ」
③ 相手に届くように送る。また、与える。現代では同等以下の人または、
動植物に与える場合にいう。
※万葉(8C後)一五・三六二七「海神
(わたつみ)の
手纏(たまき)の玉を 家づとに 妹に也良
(ヤラ)むと」
※
源氏(1001‐14頃)若紫「をかしき絵などをやり給ふ」
④ (「手をやる」の形で) 手を当てる。
⑤ (「目をやる」の形で) そちらに目を向ける。→
目をやる。
⑥ 仲裁者に問題の解決を一任する。
※滑稽本・酩酊気質(1806)上「すっぱりと水にして、お前っちに遣りやせう」
⑦ (心の進むにまかせる意から) 不快で、ふさぎがちな気持をはらす。
※万葉(8C後)一七・三九九一「もののふの 八十伴の緒の 思ふどち 心也良(ヤラ)むと」
※太平記(14C後)一八「せめて御心を遣(ヤル)方もやと」
⑧ 流れて行くようにする。
※蜻蛉(974頃)中「水やりたる樋の上に、折敷どもすゑて」
⑨ 木戸、関所などを通過させる。また、逃げて行くままにする。逃がす。
※
曾我物語(南北朝頃)九「『何物なれば、これほど夜ふけてとほる覧。やるまじき』とぞとがめける」
⑩ はかどらせる。物事を進める。
※
日葡辞書(1603‐04)「ハカヲ yaru
(ヤル)」
⑪ 前へ出す。
※申楽談儀(1430)よろづの物まねは
心根「手をねぢてやる時は、納むる手を早く納むべし」
⑫
連歌・
俳諧で、「付句」「やり句」などを付ける。
※長六文(1466)「歌にも難題などは源氏肝要の事候。難句などをやり候はん時可有大切事候」
⑬ 失敗する。しくじる。
※
歌舞伎・傾情吾嬬鑑(1788)
序幕「こんな事にかかっちゃア、やるものぢゃアごんせぬ」
⑭ だます。
⑮ こらしめる。また、なぐったり殺したりする。→
遣られる。
※
蟹工船(1929)〈
小林多喜二〉一「『やっちまふか?…』二人は一寸息をのんだ」
⑯ 嫁に行かせる。
※二人女房(1891‐92)〈
尾崎紅葉〉上「お銀を嫁
(ヤ)らうといふのですか」
⑰ 食う。また、飲む。
※
真景累ケ淵(1869頃)〈三遊亭円朝〉五八「一服やりませう」
⑱ (自動詞的に) 暮らす。生活する。
※二老人(1908)〈
国木田独歩〉上「間に合ひさへすれば、それで行
(ヤ)ってゆく。今更〈略〉五円十円と稼いで見て如何する」
⑲ ある
動作や行為をする。「する」よりも俗ないい方。
※咄本・昨日は今日の物語(1614‐24頃)下「とりはづしてずいとやり」
※義血侠血(1894)〈泉鏡花〉一〇「あんな
乱暴を行
(ヤ)って」
⑳ 男女が肉体的に交わる行為をする。
① 動詞の
連用形に付けて、その動作が遠くへ向かってなされる意を表わす。
※万葉(8C後)一五・三六四〇「都辺に行かむ船もが刈薦の乱れて思ふ言(こと)告げ夜良(ヤラ)む」
※
更級日記(1059頃)「山の端の入日のかげは入りはてて心細くぞながめやられし」
② 動詞の連用形に付けて、その動作をやり終える意を表わす。間に助詞がはいることもあり、また、多く下に打消を伴う。
※大和(947‐957頃)一六八「身づからも申しもやらず泣きけり」
※平家(13C前)九「松の雪だにきえやらで、苔のほそ道かすかなり」
③ (動詞の連用形に助詞「て(で)」を添えた形に付けて)
(イ) その動作を他に対して行なう意を表わす。わざわざ他のためにする。
※落窪(10C後)一「さるべき受領あらば、知らず顔にてくれてやらんとしつる物を」
※宇治拾遺(1221頃)七「くひ物はもちてきたるか。くはせてやれ」
(ロ) 動作が強い意志を持って行なわれることを表わす。「きっと優勝してやる」「死んでやる!」「こらしめてやろう」など。
※青年(1910‐11)〈
森鴎外〉二四「己
(おれ)だってさう馬鹿にせられてばかりはゐないといふことを、見せ附けて遣
(ヤ)ることが出来る」
[語誌](1)古くは、他者に物を与える場合には、「えさす」「とらす」のように、「う(得)」「とる(取)」の使役形によって表わすこともあった。また、「やる」は、中世になると補助動詞として用いられることが多くなり、動作の主体が、その動作によって話者以外の者に恩恵を与える意を表わすようになる。
(2)恩恵の授受の関係は、現代の敬語で大きな位置を占めるにいたっている。さらに、「てやる」「てもらう」「てくれる」が相互に承接すると、動作の主体と、受け手および動作の主体に依頼する者との間の、複雑な恩恵の授受の関係を表わす。