台密(読み)たいみつ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

日本天台宗密教のこと。真言宗の密教を東密というのに対する。台密は,密教を特別に立てず,天台宗の教えのなかに融合しようとしている。最澄は天台宗の学生たちの日常生活の規範として,止観業 (しかんごう) ,遮那業 (しゃなごう) を設けたが,このうちの遮那業にあたり,密教の行のこと。

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百科事典マイペディアの解説

天台宗の密教で,真言宗の東密に対する。《元亨釈書》巻27が初見。最澄の天台宗の教義は顕密二教にわたり,円密禅戒の四宗を包含していた。ことに円密一致を説いたので,門流から円仁の一大円教論が出て,密教に位置づけをし,さらに円珍,安然らによって組織・大成された。最澄の密教を根本大師流または山家大師流,円仁のを慈覚大師流,円珍のを智証大師流と呼び,一括して根本三流とも呼ぶ。以後多くの流派に分かれ,川流,谷流など13派がある。

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大辞林 第三版の解説

日本の天台宗の密教。真言宗の東密に対していう。最澄に始まり、円仁流の山門派(延暦寺)と円珍流の寺門派(園城寺)の二派となって発展した。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

日本天台宗に伝える密教。教(真言(しんごん)宗)に対する天台密教の略称。天台密教は、入唐(にっとう)した最澄(さいちょう)が順暁(じゅんぎょう)らから諸法を受け、805年(延暦24)高雄山寺(たかおさんじ)で日本初の灌頂(かんじょう)を行い、翌年には遮那(しゃな)(密教)止観(しかん)の両業の年分度者(ねんぶんどしゃ)が勅許されたことに始まる。ついで円仁(えんにん)・円珍(えんちん)が入唐して胎蔵(たいぞう)・金剛(こんごう)両界の密教に加え、蘇悉地(そしつじ)の法を伝え、安然(あんねん)に至って教学大系が完成した。平安時代には台密は盛行し、その末期から分流して台密十三流といわれる。各流は、事相(じそう)といわれる修法に多少の差はあるが内容は類同である。台密の特色は、東密が胎蔵界と金剛界の不二(ふに)を主張するに対して、蘇悉地法によって両部統合を図る三部の密教とするもので、天台の法華(ほっけ)円教と密教の融合を主張して円密一致を説く。さらに大乗仏教を広義の密教となし、法身大日如来(ほっしんだいにちにょらい)と久遠釈迦(くおんしゃか)如来を異名同体とし、金剛界曼荼羅(まんだら)に中央成身会(じょうしんえ)の八十一尊曼荼羅を配して尊重する点などが東密との差異といわれている。[塩入良道]

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精選版 日本国語大辞典の解説

〘名〙 仏語。
① 天台宗で伝えられる密教。最澄、円仁、円珍らが中国から伝えたもので、延暦寺や園城寺を中心として発達。一三流に分かれ、これを台密十三流という。
※元亨釈書(1322)二七「延暦之末、伝教弘法一時異受、故有台密、有東密
② 天台宗でいう止観業(しかんごう)と遮那業。あるいは、法華と密教、また、顕教と密教。
※元亨釈書(1322)三「学亘台密

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旺文社日本史事典 三訂版の解説

天台宗に伝わる密教
東密に対する呼称。天台宗は初め顕教とされていたが,9世紀中ごろ円仁・円珍が入唐して,密教を学んでから密教的色彩を濃くし,加持祈禱を盛んにして台密と呼ばれるようになった。のち山門と寺門に分かれた。

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世界大百科事典内の台密の言及

【密教】より

安然(あんねん)は,天台系の密教の大成者といわれる。天台系の密教は,両部に《蘇悉地経》を加えた三部の相承を基本とする点を特色とし,東密に対して台密と呼ばれる。台密も,以後,比叡山を中心にして著しい発展をみせ,今日に及んでいる。…

※「台密」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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