中国、明(みん)代の長編小説。時代を宋(そう)の徽宗(きそう)の世に仮託し、明代の官商癒着の様相を、色と金(かね)に絡めて描く。100回。主人公西門慶(さいもんけい)の2人の妾(めかけ)潘金蓮(はんきんれん)、李瓶児(りへいじ)と、金蓮の小間使い春梅(しゅんばい)の名から1字ずつをとって命名されている。四大奇書中もっとも遅い万暦(1573~1619)前期に、山東生まれの一作者の手になったと推定され、他の3書のように長い成立史をもたない点において、際だって異色である。清(しん)初の呉敬梓(ごけいし)と曹雪芹(そうせっきん)に大きな影響を与え、『儒林外史』『紅楼夢』を生み出す原動力ともなった。中国におけるリアリズム文学、社会批判文学の源頭にたつ傑作である。作者は蘭陵(らんりょう)(山東)の笑笑生(しょうしょうせい)とされ、会話中に山東方言もみえるが本名などはわからない。序を書いた欣欣子(きんきんし)もおそらく笑笑生と同一人物であろう。『金瓶梅』の写本は、袁宏道(えんこうどう)の記録により、少なくともその一部が1590年代後半には存在していたこと、完本が劉延白(りゅうえんはく)の家にのみ蔵されていたことが知られる。一説によれば、延白の兄弟の義父にあたる梅国楨(ばいこくてい)がモデルであり、『金瓶梅』は「今評梅」をもじったとされる。その刊行は1613年夏以降ほどなく、蘇州(そしゅう)でとされるが、おそらく東呉(蘇州)弄珠客(ろうしゅかく)の1617年の序をもつ『金瓶梅詞話(しわ)』がそれにあたろう。この後崇禎(すうてい)年間(1628~44)までに詞話本を改訂した数種の版が行われた。しかし康煕(こうき)年間(1662~1722)に入って張竹坡(ちょうちくば)の評を付した版が行われるに及び、それ以前の版は圧倒されてしまった。この系統は第一奇書本とよばれる。そもそも『金瓶梅』は『水滸伝(すいこでん)』の逸典ともいわれるように、その武松(ぶしょう)物語中の挿話、武松の兄大(だい)の女房潘金蓮と西門慶の情事を敷衍(ふえん)し、武松に殺されるはずの2人を生き延びさせたものであった。それゆえ、この痕跡(こんせき)を残す『水滸伝』との関係の詞話本のほうが原作により近いといえよう。
物語は山東省清河県の薬種商で顔役でもある西門慶が、獄中の友人の妻李瓶児を第6夫人に迎え、その財産を手に入れてにわか成金となり、商売の手を広げる一方、つてを頼って宰相に賄賂(まいない)し、官職を手に入れのし上がってゆく過程を縦糸に、6人の妻妾との閨房(けいぼう)生活を横糸に描く前段と、西門慶が潘金蓮に媚薬(びやく)を飲まされすぎて急死したあとの一家離散のありさまを描く後段とからなる。この間西門慶と女たちの性生活が丹念に描かれ、ために好色小説と誤解され、この面だけを受け継いだ続書も輩出したが、『金瓶梅』のそれはためにするものではなく、あくまでも男女の交渉の委曲を尽くすことを目的としたものといえよう。
[大塚秀高]
『小野忍・千田九一訳『中国古典文学大系35~37 金瓶梅』(1967~69・平凡社)』▽『小野忍・千田九一訳『金瓶梅』全10冊(岩波文庫)』
中国,明代の白話長編小説で四大奇書の一つ。全100回。16世紀末あるいは17世紀初めの成立。物語は,《水滸伝》第23~27回に見える豪傑武松の武勇譚を骨子としているが,話の力点を,豪傑の肉体的な強さや精神的な質朴さから,色欲や金欲や権勢欲などをめぐる,人間の根源的な悪の構図へと移し変えている。主人公の西門慶が淫婦潘金蓮と密通し,その夫の武大を毒殺した上で彼女を第5夫人として迎えるところから話は始まる。この2人を中心として,正夫人の呉月娘,第2夫人の李嬌児,第3夫人の孟玉楼,第4夫人の孫雪娥,さらに第6夫人の李瓶児などの妻妾たちはもとより,西門慶をとり巻くあらゆる階層の男女が登場して,明代の社会風俗のすべてが描き出されている。わけても,女たちをめぐる日常生活や性生活の巨細にわたる写実的な描写は,中国文学においてもほとんど空前絶後のものといえよう。後半,西門慶が荒淫の果てに頓死してからは,西門一族も没落,潘金蓮も武松に惨殺されるが,かつて潘金蓮づきの女中であった龐春梅(ほうしゆんばい)が大物の夫人に成り上がってゆく過程も描かれる。《金瓶梅》という書名は,潘金蓮と李瓶児,そしてこの龐春梅の3人の名から1字ずつ取ったものである。《金瓶梅》と同じ明代に成立した《三国演義》《水滸伝》《西遊記》は,いずれも民間の語り物演芸が発展し集大成されたものであるが,《金瓶梅》は一人の作者が読者を予想して書いたものと思われ,その意味においても,中国文学における物語の本質を変革させた重要な作品であるといえよう。作者は笑笑生と署名しているが不明。清代以降の通説では,嘉靖年間(1522-66)の名士であった王世貞に擬せられていたが,1932年に1617年(万暦45)刊の《金瓶梅詞話》本が発見されるに及び王世貞説は否定された。しかし最近ふたたび,笑笑生は王世貞ではないかと検討され始めており,《金瓶梅》の作者が明らかになる日も遠くはあるまい。
→好色文学
執筆者:中野 美代子
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明末の人情小説。作者不明。16世紀末から17世紀初め頃成立。全100回。題名は主人公西門慶の妻妾3人の名から1字ずつとったもので,市井の生活が赤裸々に書かれている。数種の異本のうち『金瓶梅詞話』が最も原形に近い。
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…その理由として,第1に,庶民を対象とした語り物演芸が宋代以降とくに発達したことにより,その発展形態としての口語小説が,人間に普遍的な好色性をも直視したこと,第2に,元以後の通俗的なレベルの道教が,長生術などを表面にかかげた性技術書たとえば《素女妙論》《修真演義》のたぐいを大量に刊行したこと,第3に,元代に中国に浸透したチベットのラマ教が,図像的には男女の性的歓喜を描いた聖天(しようてん)像などを具体的な媒体としていたこと,などが考えられる。元・明代の好色文学としては,《金瓶梅》が質量ともに空前の作品であるが,それゆえにまた,淫書としての汚名をも末永くこうむることとなり,人間性にひそむ好色と悪の衝動を鋭く描ききったその文学的価値については,顧みられることがまれであった。《金瓶梅》の亜流小説は輩出したが,明末の李漁の作に擬せられる《肉蒲団》を除けば同工異曲,わずかに清代の文語小説《癡婆子伝(ちばしでん)》が異色である。…
…豪傑たちの行動は,〈忠義〉と冠せられるように,天子には敵対せず,〈天に替わって道を行う〉を旗印として富める者から奪って貧しい者に与え,最後は裏切りによって殺されるなど,世界的に共通する義賊のイメージに合致する。作中人物の西門慶と潘金蓮の物語から《金瓶梅》が生まれるなど,後世の文学に大きな影響を与えたが,清朝以前には,〈盗を誨(おし)える〉ものとしてしばしば禁止され,最近では農民一揆をえがいたものとして評価される一方,投降主義との批判も受けた。なお日本では,江戸時代の半ばより翻訳され,《三国演義》とともに多くの読者を獲得した小説の一つである。…
…のち兄を毒殺した嫂の潘金蓮とその情夫の西門慶(せいもんけい)を殺したため罪を問われ,梁山泊に入り,最後は杭州の六和寺で出家,80歳で没する。明代の小説《金瓶梅(きんぺいばい)》は,彼が潘金蓮,西門慶を殺した話をもとに敷衍(ふえん)したものである。また揚州や杭州の評話(講談の一種)には,彼を主人公としたものがあり,広く民衆に親しまれている。…
※「金瓶梅」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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