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銭選 せんせんQian Xuan

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

銭選
せんせん
Qian Xuan

中国,宋末,元初の文人画家。呉興 (浙江省) の人。字は舜挙,号は玉潭,巽峰 (そんぽう) など。南宋の景定年間 (1260~64) に郷貢進士となったが,宋滅亡後は元朝に仕官せず,在野山水・人物・花鳥画を描いた。山水は趙令穣趙伯駒,人物は李公麟花鳥趙昌らに学び,主として北宋画風の復興に努め,同時に伝統性の強い白描人物画をも再興した。代表作『蓮花図』 (中国,明朱檀墓出土) ,『蘭亭観鵝図巻』 (メトロポリタン美術館) 。

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デジタル大辞泉の解説

せん‐せん【銭選】

中国、末・初の画家。呉興(浙江(せっこう)省)の人。字は舜挙(しゅんきょ)。号、玉潭(ぎょくたん)・霅川翁(とうせんおう)など。宋滅亡後、遺民画家として北宋院体画風の復興をめざした。山水花鳥画が得意。生没年未詳。

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百科事典マイペディアの解説

銭選【せんせん】

中国,元代の画家。生没年不詳。字は舜挙。呉興(浙江省)の人。一生仕官せず,在野の文人として詩画に没頭した。人物画李公麟山水画趙令穣花鳥画趙昌など宋人の画を学び,古典的な白描人物画と花鳥にすぐれた。

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世界大百科事典 第2版の解説

せんせん【銭選 Qián Xuǎn】

中国,宋末・元初の画家。生没年不明。呉興(浙江省湖州)の人。字は舜挙。号は巽峯(そんほう),清癯(せいく)老人,霅川翁(ちようせんおう)など。詩書画をよくする文人で,趙孟頫(ちようもうふ)らとともに呉興八俊と呼ばれた。南宋の景定年間(1260‐64)の進士で,宋滅亡後は仕官せず,大徳年間(1297‐1307)あたりまで在世していた。花鳥画,山水画を得意とし,花鳥画では南宋院体花鳥の写実性により形態の堅固さを加え,山水画では北宋の趙令穣に学び,さらに唐代の青緑山水にまでさかのぼって古様な様式を復興させた。

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大辞林 第三版の解説

せんせん【銭選】

中国、宋末・元初の画家。字あざなは舜挙。号は玉潭。進士となったが、元には仕官せず、在野の文人画家として人物・山水・花鳥を徐氏体の装飾的な画風で描き、時に自作の詩を添えた。生没年未詳。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

銭選
せんせん

生没年不詳。中国、13世紀後半の元(げん)初に活躍した画家。字(あざな)は舜挙(しゅんきょ)。号は玉潭(ぎょくたん)、巽峯(そんぽう)、習嬾(しゅうらん)翁、(とうせん)翁など。呉興(浙江(せっこう)省湖州市)の人で、南宋(なんそう)の景定年間(1260~64)の郷貢進士(科挙に応ずる資格を得た者)。元初に趙孟(ちょうもうふ)(子昂(すごう))らとともに呉興の八俊の1人に数えられ、子昂らは元朝に仕えたが、銭選は仕官せず、生涯を詩書画に打ち込んで処士で一生を送った。山水、人物、花鳥を得意とし、人物画は李公麟(りこうりん)、山水は趙令穣(ちょうれいじょう)、青緑山水は趙伯駒(はっく)、花鳥は趙昌(ちょうしょう)を学んだという。いずれも北宋(そう)の画家に範を求め、院体画風の復古を目ざし、趙子昂をはじめ文人、士大夫画家によって元初に行われた絵画の復古運動の一環を、高克恭(こうこくきょう)らとともに担った。作品に『蘭亭観鵝(らんていかんが)図巻』(ニューヨーク、メトロポリタン美術館)などがあげられ、その画風は写実的で着色の美しさを旨とし、日本にも多くの小品が伝わり、とくに花卉(かき)の折枝画(せつしが)に特徴があるとするが、確かなものは少ない。[星山晋也]

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