食卓に鍋と熱源を備え、料理しながら食べる料理。鍋は料理材料に汁を加えて加熱するための料理用具であるが、ごく古くは天然に存在する貝類を鍋として用いていた。その系統としていまでも貝焼(かやき)の名で残っている秋田のしょっつる鍋は、大きなホタテガイを鍋として用いるし、島根の鴨(かも)の貝焼は大きいアワビの貝殻を使う。同様にサザエの壺(つぼ)焼き、殻つき焼きハマグリの類も貝焼に属する。近世になり鍋も土製のもの、金属製など種々あるが、明治以前は、鍋で煮たものを器に移さず直接鍋から取り出して食べることは、上流社会の間では行われず、庶民の間だけの食べ方だった。しかし現在は、食卓で鍋を囲み好みのものを取り出して食べられるのと、人数の増減も自由なので、家庭料理でも営業料理としても大いに用いられている。
鍋料理をまず味つけの点から大別すると、濃いめの吸い物の汁で煮ながら食べる寄せ鍋があり、明治時代から東京の名物料理になっている。関西ではこれに匹敵するのが魚(うお)すきで、新鮮な魚貝類を水煮してポンスなどで味つけして食べる。濃い調味液で煮て、中身だけを食べるのはすき焼きである。水煮で食べる鍋料理は、湯豆腐、しゃぶしゃぶ、ふぐ鍋など種類は多い。また鉄板焼き、陶板焼きは、肉、野菜を鍋で焼くか炒(いた)めるかして、鍋の中から取り分けて食べる。江戸中期の戯曲『仮名手本忠臣蔵』の祇園(ぎおん)一力の段で、「……鶏(とり)しめて鍋焼させん」という台詞(せりふ)があるが、この時代すでに鍋焼きがこのドラマの作者の生活のなかに存在したので、この場面に取り入れられたのである。現在、鍋焼きは鍋焼きうどんが身近にあるが、これは1人用の小鍋であり、一種の容器としても用いられている。フランス料理のコキーユは、英語ではコキールまたはシェルといっているが、これは貝を鍋がわりにして煮込んだ料理で、現在は本物の貝ではなく貝の形をした容器に盛り込んで出している。スイス料理のフォンデュは、チーズを小鍋で熱しその中にパンなどを入れて煮ながら食べるか、またはオリーブ油を鍋に入れて火にかけ、その中に串(くし)に刺した肉などを入れて熱して食べる料理で、数人で一つの鍋を用いることができる。中国料理では火鍋子(フオクオツ)がある。鍋の中心に熱源があり、その周囲に煮汁を注ぎ、肉や野菜を煮ながら食するものである。
鍋料理の材料は、皿などに盛り込むとき色彩の調和を考えて見た目にも美しくすると同時に、鍋の中にいっしょに入れて味が調和するものでないといけない。鍋料理の内容は、栄養的にみると、動物性の材料が1人前120グラム、野菜類はその2~2.5倍が標準とされるが、かならずしもそれにとらわれずに好みで適当に決めてもよかろう。鍋の種類は中身によって異なるものもある。すき焼きは鉄鍋を用いるが、底の薄いものは不向きである。寄せ鍋、魚すきは少々深いもの、すっぽん鍋やふぐ鍋、水炊きなどは深い土鍋がいい。鍋焼きうどんは加熱用と食器とを兼ねているが、土鍋でないと保温ができない。釜飯(かまめし)は1923年(大正12)の関東大震災後にできた一種の鍋料理であるが、いまは機械化されて大量に調理できるようになっている。卓上鍋料理の熱源は次々と簡便なものができている。
[多田鉄之助]
火鉢,七輪,こんろなどの熱源に,材料を入れたなべをかけ,煮ながら食べる料理。〈なべ物〉あるいは単に〈なべ〉ともいい,小なべを用いる意味の〈小なべ立(こなべだて)〉もほぼ同義である。実質的にはかなり古くから行われていたと考えられるが,文献上では江戸後期の天明(1781-89)ごろから見られるようになる。あるいは,そのころになってようやく土製や鉄製の浅い小なべが普及したのかもしれない。湯豆腐,ドジョウなべなどは早くからあったもののようだが,小なべ立の普及で愛好者層を拡大したらしいのは獣肉料理であった。寺門静軒は《江戸繁昌記》(1832)に〈凡そ肉は葱(ねぎ)に宜し,一客に一鍋,火盆(ひばち)を連ねて供具す〉と書いており,現在の牛なべ,すき焼盛行の端緒はこのころに開かれている。日本のなべ料理には,なべで水煮したものを調味したつけ汁で食べるものと,なべの中で味をつけながら煮るものとの2種があり,前者には湯豆腐,ちりなべ,水炊き,しゃぶしゃぶなどあり,いずれもポンスしょうゆや土佐じょうゆなどをつけ汁とし,薬味には辛みの強いもみじおろしを使うことが多い。後者の味をつけながら煮るものには,すき焼,寄せなべ,魚(うお)すき,カキ(牡蠣)の土手なべ,ぼたんなべ,さくらなべ,ねぎまなどがある。魚すきは沖すきともいい,魚貝,野菜その他多種類の材料を薄めの煮汁で煮るもの,カキの土手なべ,ぼたんなべ,さくらなべはいずれもみそと割下(わりした)を用いて,カキ,イノシシ,馬肉を煮るもの。ねぎまは,ネギとマグロをしょうゆ,酒,砂糖などで煮て食べる。
執筆者:鈴木 晋一
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…《延喜式》には大和,河内から鉄なべの貢進されていたことが見えるが,江戸時代にもこの2国のなべは播磨の野里(のざと)なべなどとともに全国的に著名であった。江戸後期の安永(1772‐81)ころから鉄製の浅い小なべが出回るようになったと大田南畝は《一話一言》に書いているが,それと符節を合するごとく,天明(1781‐89)以後なべ料理が盛んになっている。江戸時代にはほかに銅なべが使われ,また製菓用のカステラなべも用いられていた。…
※「鍋料理」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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