相続の発生によって,相続人は被相続人が有していた積極的な財産ばかりでなく消極財産(負債)も承継する。負債があっても積極財産のほうが多ければ問題ないが,負債ばかりとか負債のほうが多い場合には,相続人が無条件で相続する(これを単純承認という)と,一生かかって負債を支払わなければならないということにもなりかねない。このような場合の相続人を保護するために認められている制度が,相続放棄と限定承認である。相続財産が負債ばかりであるとか負債のほうが多いことがすでにはっきりしているときは,相続人は相続放棄によって負債の支払を免れることができる。しかし積極財産が多いか負債が多いかわからないとき,放棄すると積極財産が残ってもそれを相続する権利を失うことになる。このような場合,相続人は限定承認することによって負担を軽くすることができる。
限定承認とは,相続人が積極財産の限度でのみ被相続人の負債を支払うという留保をつけて,つまり相続人の固有の財産には手をつけないという限定のうえで相続を承認することである(民法922条以下)。したがって相続財産を清算して負債が積極財産より多い場合,積極財産の金額で負債の支払をすればよく,相続人自身の財産で負債を支払う必要はない。一方,清算の結果積極財産のほうが負債よりも多く,負債を支払ってなお積極財産が残れば,それは相続人が承継することになる。
この限定承認をするには,自分が相続人となったことを知ったときから3ヵ月以内に財産目録を作成し,これを家庭裁判所に提出して限定承認する旨を申し述べなければならない(924条)。しかも,それは,相続人全員でしなければならないので,相続人が2人以上あるときに1人でも単純承認を希望する者がいるときは,することができない(923条)。その場合,単純承認によって相続上の負担がかかることを希望しない相続人は,放棄することができる(921条)。こうして限定承認が行われると清算が開始され,相続人中の1人が管理人として選任される。管理人は,被相続人に対して債権を有する者や贈与をうけるべき人々に,限定承認した旨および2ヵ月以上の一定期間内に請求の申出をするよう公告しなければならない。この期間内はこれらの人々から支払の申出があってもそれを拒むことができる。期間が満了したのち,積極財産をもって,抵当権など優先弁済権をもつ権利者,一般の債権者,贈与をうけるべき者,の順に支払い,あるいは現物を引き渡さなければならない。また支払期の来ていない負債についても支払しなければならない。支払につき相続財産を金銭にかえなければならない場合は原則として競売に付するが,相続人が相続財産をそのまま承継したいときは裁判所の選任した鑑定人の評価した金額で負債の全部または一部の支払をすることができる。
→相続
執筆者:中尾 英俊
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相続人が、相続によって得た財産を責任の限度として被相続人の債務および遺贈を弁済する形の相続(民法922条~937条)。被相続人の債務は相続財産だけで清算し、たとえ相続財産で足りないときも、相続人は自己の財産で弁済する義務を負わない。他方、清算の結果、相続財産が余ればこれは相続人に帰属する。相続財産がマイナスであることが明らかなときは、相続人としては相続放棄をすれば十分だが、プラスかマイナスかわからないときにこの制度の効果が発揮される。限定承認をするには、被相続人が死んだことを知ったときから3か月以内に財産目録をつくって家庭裁判所に申し出なければならない(民法924条)。この期間内に申し出をしない場合、相続財産を処分したり、隠したりした場合などには、普通の相続(単純承認)をしたものとみなされる(同法921条)。なお、相続人が数人いるときは、全員いっしょでなければ限定承認をすることができない(同法923条)。単純承認が無限責任であるのに対して、限定承認は有限責任となる。したがって、限定承認は単純承認と違って親の借金を子が引き受けない結果となるため、道徳に反するかのように思われがちだが、親子といえども財産は別であり、親の債権者は子の財産まであてにすべきではないという点からは、むしろ限定承認こそ相続の本則であるとする考えも強い。
[高橋康之・野澤正充]
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… 相続は,このようにして特定された者(相続人,包括受遺者)による被相続人の地位の当然の承継である。相続人および包括受遺者の意思は,地位の承継を遮断または制限することを望む場合に,相続や遺贈の放棄として,または,相続の限定承認として法律効果を生じるにとどまる。承継者の主観的・客観的状況のいかんを問わず相続開始によって当然に財産権の移転が生じると考られることから,相続人は,相続財産に対してただちに所有権を取得するだけでなく,占有権もただちに取得するものとされている。…
※「限定承認」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
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