夫婦間,親子間その他親族間の問題や争いと非行少年の保護を扱う裁判所。日本国憲法の制定,それに基づく親族法,相続法の改正後まもない1949年に家事審判所と少年審判所(少年審判)とを合体してつくられた。家庭内の争いや問題は,民事訴訟を扱う地方裁判所とは別の裁判所で,訴訟とは異なる方式(調停,審判)によって扱われるのが適切であり,また少年非行は少年の家庭の問題と深く関係する場合が多いので,家庭内の争いと少年非行とは総合的・有機的に扱われる必要があるという考えから,通常裁判所から独立した裁判所となっている。家庭裁判所の独立性は家族間の紛争を処理するに際して,期待されている法の機能やその役割の限界についての認識とも深くかかわり,さらに,法と道徳をめぐる問題,家庭内紛争処理に人間関係諸科学をどう役だてるかの問題にも関係している。これらの問題は,日本では家族国家観,伝統的家族制度との関連で特別の意味をもってきた。
家庭内紛争の解決には特別の制度(家事審判制度)創設を必要とするという主張は,すでに大正期の臨時法制審議会の政府に対する意見(1922)にみられる。審議会におけるこの問題の審議は,臨時教育会議が明治民法の規定には日本の淳風美俗に反するものがあるとして,その改正を政府に求めた〈教育の効果を全からしむべき一般施設に関する建議〉(1919)に発している。その審議によれば淳風美俗として誇るべき家族制度をいちばんに破壊しているのは,家庭に事件がおこった場合,裁判所に行って冷たい権利の争いとするより道がないことであり,淳風美俗を維持するには権利義務の問題として裁判することを避け,調停により円満解決せしめるべきであるとして家事審判所の創設が主張された。同じ時期に借地や借家,小作争議,労働争議を調停する諸法が制定される一方,小作権確立の小作法や労働法などの成立の見込みがなかった事実は,家事審判所創設に関する主張の社会的・政治的背景を示すものといえる。臨時法制審議会の決議が部分的にも実現をみた1939年制定の人事調停法は,戦争が進むにつれて戦没将兵の遺族間での恩給,扶助料等をめぐる紛争が続出したので,〈現下の時局においては,いっそう家族の親和を図ることが肝要で,是亦重要なる銃後支援の一つ〉として人事調停制度確立が緊急の用務と強調された背景をもっていた。人事調停法2条の〈道義ニ基ヅキ温情ヲ以テ事件ヲ解決スルコトヲ以テ其ノ本旨トス〉との規定には,戦後もなお引き続いて問題となる家族法と家族道徳の混合があり,反権利義務の姿勢がみられる。もっとも,施行後の実情では,調停委員会への婦人調停委員の参加,婦人の地位を十分に考慮する運用など,婦人の地位向上に役だった面もあった。なお,この当時司法省(現,法務省)は家庭裁判所研究のために裁判官をアメリカへ派遣する(1940)など家事審判制度制定の準備をしており,このことは現行憲法下での家庭裁判所制度の動向に少なからぬ影響を与えた。
明治憲法とはまったく異なる原理に立つ現憲法の下でも,家庭内紛争処理の方式は戦前の構想と形式上は同様で,訴訟以外の調停,審判によるとされ,地方裁判所の支部として1948年1月,新たに家事審判所が設置された。49年にはGHQの強い示唆もあって,家事審判所と少年審判所は統合され,家庭裁判所が設置された。アメリカの家庭裁判所運動は家庭事件と少年事件とを関連させて取りあげ,家庭と少年の福祉を守ろうとするものであり,それが制度化され二つの部門をもつ家庭裁判所となったのである。日本の家庭裁判所制度とその運用はアメリカの家庭裁判所制度の影響を強く受けてはいたが,同時に戦前からの日本における制度自体の実質的発展と,学界,実務の世界に大きな影響を与えた中川善之助の〈身分法の非合理性〉という家族法理論の影響を底流として持ちながら進むという両面があった。
創設当初当局は家庭裁判所の理念を次のように説明した。(1)民主的性格 憲法,民法の理想(家庭の民主化)を生かす運用が求められるゆえ,国民に親しみやすく,信頼される裁判所であること。家事事件には裁判官のほかに民間から選ばれた調停委員,参与員が参加し,簡易な手続をとり素人にも分かりやすいこと。少年事件では民間人,民間機関,施設の協力援助を得ることが必要である。親しみの持てる建物の外観が望ましい。(2)科学性 紛争,問題を科学的に処理する必要が強調され,家庭裁判所に精神病科がおかれる等,アメリカでの科学的運営を参考とする。(3)社会性 他の官庁,教育,福祉機関,施設との常時協力が必要である。そこで機会あるごとに関連諸機関と接触して意思疎通を図ると同時に,社会的会合には職員を列席させて各種社会的活動に協力し,家庭裁判所の啓蒙宣伝に役だてる。(4)教育的機能 とくに少年事件においては,調査段階から審判に至るすべてが少年の教化,教育のための方法の発見である。
このような新しい理念の実現は社会一般の民主化の潮流の中で,裁判所の努力によって部分的には成果をあげ,家庭裁判所自体が国民に知られ,頼りにされ,期待されるようになった。さらに,裁判所という名称を持ちながら原則として訴訟を扱わないことは,従来の枠組みにとらわれず新しい発展の可能性ともなったが,長い伝統をもつ司法制度の中で容易には受けいれられない要因ともなった。のちに家庭裁判所が個々の点では進展をみせながら問題を残しているのも,これらに起因するといえよう。
家庭裁判所の機構は,家事審判部と少年審判部とに2大別されている。後者については〈少年審判〉の項目で扱うので,以下は前者にしぼって記述することとしたい。
(1)家事相談 家庭の問題や争いに関する相談の必要は年々増加傾向にあるが,信頼できる相談機関が少ないため,国民の家庭裁判所への期待は大きい。このような家事相談の利用者の増加にともない,相談体制を充実すべきであるとの意見が家庭裁判所で実務にあたる人から強調されるようになった。当局は家庭裁判所書記官,家庭裁判所調査官が相談を担当できるようにするため家事審判規則の改正案を示したが(1956),在野法曹の意見により実現しなかった。現在家事相談は無料,簡単な手続でできることから利用者が多いにもかかわらず,法律上の根拠を直接もたず,相談担当者,その権限,相談の範囲は不明確なまま実施されており〈受付手続〉の〈付随的サービス〉と説明されている。家事相談をめぐる問題はこのほか,家庭裁判所の機能として司法機能と福祉機能をどの程度重視するか,さらに両機能の守備範囲をどう考えるかという面をもっている。なお,家事相談担当者は,(a)法律的手続には一般的に答えてよい。(b)抽象的な法律問題には答えてよいが,解釈に説が分かれている問題や主張の当否,権利の存否を求める具体的問題については確定的な答えを避ける。(c)調停,審判の結果について予断をいだかせる説明をしてはならない。(d)慰謝料,財産分与,その他につき数字的暗示を与えてはならない。(e)具体的事情の聞取りは深入りしてはならない,などに注意すべきといわれている。
(2)家事調停・家事審判 家庭の争いや問題を自分たちでは解決できない場合,まず家庭裁判所に調停を申し立てることになっている。この調停前置主義は,家庭内の争いの根底には人間の感情などをめぐり複雑な人間関係が存在することが多いので,これは,裁判所の裁決によるよりも話合いにより感情的対立を和らげ,自主的に解決するほうが適切であるという理由からとられている。しかし,自分たちは権利義務についての法的判断を求めており,それ以外を希望していないという者までに調停の申立てが強制されることに対しては,疑問がだんだん増えている。さらに人間関係調整は本人自身が望んでこそ効果があがるものであって,強制的になされるのは問題であるとの批判もあり,また,家父長的家事調停の名残という者もある。ただし,調停の申立ては書面もしくは口頭により簡易,安価にできるので,法律扶助を得る機会の少ない日本では国民にとって利用しやすい制度である。
調停は1人の裁判官(家事審判官と称される)と2人以上(男女1人ずつ)の調停委員で構成され,裁判官が指揮する調停委員会により行われるのが原則である。調停委員は民間人から選出され,その選任基準は長らく徳望良識ある者とされていたが,1974年,弁護士になる資格をもつ者,家事紛争解決に有用な専門的知識経験を有する者,社会生活のうえで豊富な知識経験をもち人格識見の高い者,そして40歳以上70歳未満の者の中から最高裁判所が任命すると改められた。資格に要件があるが,調停委員に民間人が選ばれることは国民の司法参加としての意味も大きい。
調停は非公開で当事者が同席して進められ(家庭裁判所調査官が立ち会うこともある),当事者の合意が調停を成立させることになる。調停では当事者は,主体的に自分の見解を主張すると同時に,自分の主張を繰り返すだけでは進展はないので,おのおのが自分の考え,感情,立場を客観化し,相手および相手との関係を理解し,紛争解決の道を見いだす努力を求められる。こうした努力は紛争当事者の関係修復には必ずしも結びつかないが,訴訟による紛争の終結より好ましい結果をもたらすことが多い。また調停委員会が紛争の原因や当事者の関係を理解し,これを基礎として適正妥当な解決案を見いだすにあたり,調停委員が自分の経験,常識ですむと考え調停に臨むようなことがあると,当事者から不満の生ずるおそれがありうることに留意しなければならない。1973年の臨時調停制度審議会の答申にも,国民の間での価値観の多様化,権利意識の高まりによって,これまでの常識的説得では当事者は納得しなくなったとの指摘もみうけられる。調停件数に比して裁判官数が不足し,裁判官不在の調停が少なくない現在,調停委員には家族についての法の役割と限界,家族法の根底にある思想等について十分な理解,認識が期待されている。また非公開の場で,当事者たちにとっては最も重要で深刻な事柄についての決断に関与する,という責任の重さについての自覚が必要とされる。
家庭裁判所の理念である科学性,教育性等への認識が深まり,その福祉機能の充実が期待されるに伴い,1950年におかれた少年調査官制度と51年に設置された家事調査官制度が54年に統合され,家庭裁判所調査官制度となった。家庭裁判所調査官制度は〈事実の調査は,必要に応じ,事件の関係人の性格,経歴,生活状況,財産状態および家庭その他の環境等について,医学,心理学,社会学,経済学その他の専門的知識を活用して行うように努めなければならない〉といわれるように,家事調停の特色を発展させるにあたって,重要な意味をもつ。この制度の発足当初は,一定の事件の事実調査や調停不出頭者への出頭勧告など活動が限られており,調査官が専門性を多少とも活用できるには年月を必要とした。57年調査官研修所が置かれ,人間関係諸科学の知識と技法の研修が組織的に行われるようになったのは,調停等における人間関係調整の重要性とそれを担当する者の実質的資格についての認識が深められたことを示している。その後一部大規模の家庭裁判所ではカウンセリング専門の調査官室を設け,マリッジ・カウンセリングが実施されるようになった。現在,調停での人間関係調整は調停委員会がすべきことで,調査官は〈調停の場作り〉にとどまるべきだとの見解もあるが,有効適切な人間関係調整がなされるには調査官の専門性を生かすべく,その役割を理論的に検討深化させる必要がある。
今後家庭内紛争の数はますます増加し,その内容も複雑化し,それに伴って当事者間での解決がいっそうむずかしくなり,公的機関の援助・裁断の必要は増すであろう。家庭裁判所が国民に広く開かれた裁判所として手続・機能につき,より新しいタイプを創造し,他の公私の機関との連携に留意するならば,そこに今後の発展の道はありえよう。
→家事審判 →家事調停
執筆者:磯野 誠一
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
おもに、家事事件の審判・調停および少年保護事件の審判を行う下級裁判所。その所在地や管轄地域は、地方裁判所と同様で、全国に50か所設けられている。最高裁判所は、家庭裁判所の事務の一部を取り扱わせるため、支部または出張所を設けることができる。
家庭裁判所は、裁判所法の制定当初から認められていたものではなく、1949年(昭和24)に、昭和23年法律第260号による改正によって、それまで、地方裁判所の支部であった家事審判所(1948年設置)と法務省の所管であった少年審判所(少年犯罪について保護処分を行う機関。1923年設置)の権限をあわせて行う独立の裁判所を設ける趣旨から設置されたものである。
[伊東俊明 2016年5月19日]
家庭裁判所は、次のような権限を有する。
(1)家事事件手続法で定める家事事件の審判および調停。
(2)人事訴訟法で定める人事訴訟の第一審の裁判。当初は、地方裁判所が人事訴訟についても第一審裁判所として管轄権を有していたが、種々の専門的知見を有する家庭裁判所調査官という独自の調査機関を備え、家事調停を実施している家庭裁判所が人事訴訟について担当するのが適切であるとして、2003年(平成15)制定の人事訴訟法によって、人事訴訟の管轄が地方裁判所から家庭裁判所に移管された。
(3)少年法で定める少年の保護事件の審判。
(4)そのほか、他の法律で家庭裁判所の権限とされたもの。たとえば、戸籍法に基づく戸籍に関する事件(氏名や性別の変更など)、児童福祉法に基づく里親に委託することの承認、生活保護法に基づく被保護者を養護施設に収容するについての許可などである。
これら以外に、法律で定められた権限以外のものとして、家事相談を行っており、さらに、司法的機能のほかに、家庭裁判所調査官による家庭環境調整(ケース・ワーク)機能も担っている。
[伊東俊明 2016年5月19日]
家庭裁判所は相当な員数の裁判官(判事および判事補)で構成される(各家庭裁判所の裁判官の員数は、最高裁判所が定める)。このうち、家事事件を扱う裁判官は、旧家事審判法のもとでは、家事審判官とよばれていたが、家事審判官が家事調停にも携わることについての違和感を払拭することができないなどという理由により、現行の家事事件手続法のもとでは、家事審判官という呼称は廃止された。
家庭裁判所には事務局が付置され、裁判官以外の職員として、裁判所書記官、裁判所速記官、裁判所速記官補、裁判所事務官、裁判所技官などが配置されるほか、家庭裁判所に特有の職員として、家庭裁判所調査官および調査官補が置かれている。なお、常勤の職員ではないが、民間から選任される家事審判の参与員と家事調停の家事調停委員がいる。
[伊東俊明 2016年5月19日]
家庭裁判所調査官は各家庭裁判所に置かれ、家事事件の審判および調停に必要な調査その他、法律において定められている事務を行う。家事事件の審判・調停および少年保護事件においては、平和で健康な家庭の保持、健全な少年の育成が要求されるため、関係人を取り巻く社会生活環境を含めた事実関係の十分な調査が要請される。その調査も、事件の関係人の性格・経歴・生活状況・財産状態および家庭その他の環境について、医学・心理学・社会学・経済学その他の専門的知見を活用した調査が要求される。家庭裁判所調査官は、これらの調査を行うとともに、家庭環境調整のために必要と認めるときは、児童福祉機関と連絡をとり、少年審判に付すべき少年を発見して裁判所に報告し、審判や保護処分のために、少年を観護・観察するなどの職務を行う。これらの職務を行うにあたっては、その事件を担当する裁判官の命令に従う。
[伊東俊明 2016年5月19日]
家庭裁判所が審判または裁判を行うときは、1人の裁判官がその事件を取り扱うが(単独制)、他の法律において、合議体で取り扱うべきものと定めているときは(たとえば、家庭裁判所の裁判官の除斥、忌避に関する裁判など)、合議体による。合議体の員数は3人であり、そのうち1人を裁判長とする点は、地方裁判所と同様である。
[伊東俊明 2016年5月19日]
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(土井真一 京都大学大学院教授 / 2007年)
出典 (株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」知恵蔵について 情報
親族間の争いや非行少年の保護などを扱う裁判所。1922年(大正11)制定の少年法により設置された少年審判所と,47年(昭和22)制定の家事審判法にもとづき地方裁判所支部として発足した家事裁判所が,48年の裁判所法改正により統合された。おもな仕事は離婚請求・財産分与など家庭に関する事件の裁判・調停と少年犯罪の処分決定だが,いずれも単独の裁判官により審理されるため,補佐する調査官・調停委員が重要な役割をはたす。
出典 山川出版社「山川 日本史小辞典 改訂新版」山川 日本史小辞典 改訂新版について 情報
…それに応じて各国とも上位・下位の関係で何種類かの裁判所を設けている。日本では,最上位が最高裁判所,その下に高等裁判所,その下に同格分担の関係で地方裁判所と家庭裁判所があり,地方裁判所の下に簡易裁判所がある。地方裁判所と簡易裁判所は一面また分担の関係にあるともいえる。…
…その結果,現在では,あらゆる民事・刑事・行政事件が通常裁判所に属することになっている。通常裁判所とは,最高裁判所を頂点に,それと,高等裁判所,地方裁判所,家庭裁判所および簡易裁判所をいう。家庭裁判所は,特定の種類の事件(家庭事件,少年事件)のみを扱うが,その裁判に対しては高等裁判所,最高裁判所に不服申立てができる。…
…根底には少年の人権と福祉を守る立場が貫かれている。非行を犯した少年は家庭裁判所へ送致され,少年本人や保護者の資質,環境,経歴等に関する専門的調査に基づいて,審判不開始,不処分,保護処分,検察官送致等が決定される。なお保護処分には少年法による保護観察と少年院送致,さらに教護院・養護施設(1997年,それぞれ児童自立支援施設,児童養護施設と改称)など児童福祉法に基づく処分が含まれる。…
※「家庭裁判所」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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